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第41話 桂木の過去と蓉平の選択(1)

父から電話が来た後、食べ終えたりんごの器を洗いつつ僕は悩んでいた。 (明日から、どうしよう) 相談所に勝手に登録されたことで腹を立てていたから、父を頼りたくはなかった。だけど、ずっと桂木の家に居るわけにもいかない。 (実家に帰るしかないよね) 好きな人がいて忘れられないのに、新しく紹介を受けてその人にお世話になっている。厚意に甘えるだけで、僕は桂木に何を返せるわけでもない。 (これじゃあ、今まで蒼司くんに取り続けてきた態度と同じだ) 甘えるだけ甘えて、勝手に好きになって。向こうから迫られると急に逃げ出す――。 蒼司とのことを全部話したのに、桂木の態度は優しいままだった。それで僕はまた期待してしまっている。 (もしかすると、蒼司くんのことを忘れられない僕とでも桂木さんなら一緒にいてくれる……?) いや、そんなのはやはり失礼だし絶対ダメだ。楽な方へ楽な方へと流されようとするのが僕の悪い癖じゃないか。 蒼司に嫌われていると思うのが心地良くて、ついその感覚に溺れていた。なのに、今回本気で彼に怒りをぶつけられたら怖くなって逃げ出してしまった。 (嫌いって言われるのが好きと言ったのは自分なのに。身勝手すぎるよね……) その後、夕方に一度蒼司から着信が入った。 さっきまでは連絡がないことを少し残念に思っていたはずなのに、いざ電話が来たら出るのが怖くて無視してしまった。 (今彼の声を聞いたらきっと会いたくなってしまう。それじゃあ部屋を出てきた意味がないんだ……) ◇◇◇ 夜になって桂木が帰宅した。彼は帰ってくるなりキッチンに立ち、お粥を作って寝室まで持ってきてくれた。体温は平熱より少し高い程度まで下がり、たくさん寝たおかげで体もずいぶん楽になっていた。 「一日中一人にしてしまってごめんね。明日は休みだから」 「とんでもないです。日中もりんごをわざわざありがとうございました」 「ふふ、誰かが待ってる家に帰ってくるのって久しぶりだな。すごくいい気分だった」 桂木がそう言って微笑んだ。僕はそれを見て「自分なんかでもそんな風に喜んでもらえるんだ」と驚いた。同時に、今頃部屋に一人きりで居るだろう蒼司のことを思った。 (僕がいなくて少しでも寂しいと思ってくれているだろうか。いや――そんなわけないよね) お粥を食べたら元気が出てきて、僕は桂木と一緒にリビングに移動した。 無理しない程度にという条件で、少しだけペーパークラフトをやることになった。二人で手分けしてパーツを切り出す。そうして集中していたら、僕のスマホに着信が入った。 「あ……」 相手は蒼司だった。僕はそれを横目で見て、また作業に戻る。 「出なくて良いのかい?」 「――はい。良いんです」 「だけど、彼も心配してるんじゃないかな?」 「それは……そうかもしれないですけど、今はまだ話したくないんです」 桂木は手にしていたカッターをテーブルに置いた。 「蓉平くん。作業は一旦ここまでにしてちょっと話をしようか」 そう言われて僕も手を止め道具類を片付けた。 桂木が飲み物を持ってきてくれる。僕はホットミルク。彼はウィスキーだ。 「君が今回私を頼りにしてくれたのは嬉しかったよ」 「桂木さん……」 「だけど、やっぱり君は蒼司くんのところに帰るべきだと思う」 「え、でも……」 それはできないのだ、と言いかけた。 しかし自分の都合ばかり口にしてはいけない気がして僕は黙り込んだ。 「私は君と結婚できたらどんなに素敵だろうって思っている」と彼は言った。 「だけど、それと同時に私のようなおじさんには君のような若くて素敵な人は釣り合わないとわかってもいる」 「桂木さん、そんなことないです。本当に、僕なんて――」 「いや、そうなんだよ。君の相手として、私はふさわしくない」 彼は静かに微笑みながらこちらを見つめた。彼がグラスを傾けると氷がカランと音を立てた。 「たぶん、君も同じことを蒼司くんに対して思ってるんじゃないかな?」 「え……?」 「君は蒼司くんのファンで、自分は年上だし、釣り合ってないって」 「それは……」 たしかに僕はずっとそう思ってきた。兄としてすら釣り合いが取れないと思っていたし、ましてやそれが恋人ともなれば、当然ふさわしいだなんて思えなかった。 「はい……。自分と蒼司くんが釣り合ってるなんて思えないです」 「でしょ?」 「だって、僕なんかが彼のそばにいたら迷惑がかかってしまうんです。そんなことになったら自分が許せない」 「そうかい。でも私にしてみれば、君はまだまだ若くて失敗してもやり直せる年齢だよ。好きな人がいるんだから、当たって砕けてみたらいいんだ」 彼は更に続ける。 「人生は一度しか無いんだ。悔いのないようにしなければ、私のようになってしまう」 「……桂木さんのように?」 僕にしてみれば桂木はいつも余裕があって、頼りがいのある完璧な大人の男性だ。そんな彼に後悔するようなことなんてあるのだろうか。 「君はもしかして私のことをいい人だと思ってる?」 「それは、もちろんです」 「はは。ありがとう。でも、私はそんなにいい人ではないんだ」 「え……?」 彼はウィスキーを一口飲む。 「君にも、蒼司くんにも謝らないといけないな」 「謝るって……なんで……?」 「昨日君が私の部屋に来たとき、図面ケースを貸したよね」 「ええ」 「あれに、ちょっと細工をした」 「細工?」 「他のアルファを牽制する意味で、私のフェロモンを少量施したんだ。アルファが嗅ぐとちょっと近寄りたくないなと思う程度に極々少量だけどね。そうすれば、君が他のアルファに狙われたりしないですむから」 (そうだったの――?) 「だけど、蒼司くんはかなり優秀なアルファと見えるね。付着した私の匂いに反応して、怒りで理性を失ってしまったんだから」 「そんな……」 (じゃあ、昨日蒼司くんがあんなに怒ったのは僕に対してじゃないってこと?) 「ごめんね。君を誰にも取られたくなかったんだ。君が私のことを人のいいおじさんだと思っているのはわかってた。だけど、私もこう見えてアルファなんだ。昔はこうやって、恋の駆け引きをしていた」 僕はなんと返していいかわからなかった。 「君みたいな素直で純粋なオメガの子にこんな卑怯なことをする悪い人間なんだよ」と言って彼はグラスをあおる。 「驚いたよね。本当に申し訳ない。だけど、君が昨日の夜戻ってきて……話を聞いて、私は君を蒼司くんに返さないといけないってわかったんだ」 「――どういうことですか?」 桂木の言いたいことがよくわからなかった。 「私が過去に犯した過ちについて話そう」

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