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第2話 ムカつく佐々木

定刻になり、授業が開始して直ぐに吉田は自分が周りから既にかなり遅れを取っていることを実感し始めていた。講師が説明し、ホワイトボーに書きつける内容は初めて聞くものばかりであり、時折当てられた生徒が解答する姿にも冷や汗が滲む。 (頼む当たるな…) 皆が簡単に答えるどの問題も、今の吉田には解けそうもない。 何とか必死に板書を移している間に30分が過ぎ、先生が「はい。じゃあ、あと10分でワークの7ページから8ページを解いて。その後順番に当てて答え合わせするから」と言い、時計を指す。 夏期講習で来ていた吉田はワーク類を購入しておらず、講師が用意したコピーが用意されていた。 教室にいる人数から推測してワークのどこかしらの問題が当たってもおかしくない。懸命に問題に向き合ったが、如何せん実力不足が祟り全く解き進める気配はない。 ふと、隣の佐々木を横目で見ると彼は既にワークをしていたようで時計の針が動くのをジッと眺めている。 「分からないの?」 視線に気づいた佐々木と目がかち合う。パッと目を逸らし、どう反応するか迷うが、答えは白紙のプリントが既に示している。佐々木はプリントを覗き込むと自分の方に手繰り寄せ、「ちょっと書いても良い?」と言った。 吉田が黙ったままいると、端の方にサラサラと公式を書き、そのまま7ページの問1を公式に当て嵌めていく。ぼんやりと見ていると彼は笑って、口を開く。 「こうやって解くんだ。だから、問2からやってみて」 「あ、ありがとう」 正直に言って吉田は拍子抜けした。自販機を使ったことをわざわざ咎めてきたような奴だから、きっと今まで学校で何をしていたんだとか言われるのかと思った。それが、馬鹿にするでもなく解き方を教えられてしまった。少し悔しいような気もするが、今は意地を張ってられないとプリントに向き合う。 解き方さえ分かれば、思いのほか簡単であっという間にやりきった。 その後も佐々木はワークの時間になると、吉田に解き方を教えた。1問解くごとに正解ならば褒め、間違っていれば解説した。褒められる度に身体奥がむず痒いような感じがして、反応に困る。まるで小さい子に接するようなほめ方だが、馬鹿にされているようには感じでなく嫌ではない。 「すぐ理解できるって、吉田は『偉いね』」 聞いた瞬間、吉田は一気に体温が上がり顔が赤くなっていく。 ーーー偉いね。 あまりにも気恥ずかしく、これまでの言葉と違い明らかな褒め方に耐えきれないほどの羞恥を感じ、逃げ出してしまいたくなった。 だが、佐々木はそんな変化に気づかずに涼しい顔をして「偉い」と再度繰り返し、頭撫でようとした。 「やめろ。触んな!」 吉田は声を抑える余裕もなく、頭に乗ばされた手を振り払った。 (しまった…) さっきまで大人しく褒められていた吉田の急な反応に佐々木は驚いた表情をして固まった。急な声に反応した生徒たちが振り返り、何事だと視線が集中する。 「そこ。大丈夫か?」 少し間を置いて講師が心配そうに問いかけ、「大丈夫です」と佐々木が落ち着いて答える。講師はそれ以上追求するでもなくホワイトボードに向き合い、自然と生徒たちも前を向き出す。 吉田はいたたまれなくなりそっぽ向き、恥ずかしさで頭がパンクするかと思った。 佐々木は怒った様子もなく、吉田を褒め続けた。入塾そうそう揉めた奴だと思われたくなくて吉田も、最低限だけ返事をした。帰り際「また明日ね」と、帰っていく背中を精一杯に睨みつけた。

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