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第2話

番、つがえば番う時!(ポリアカ編)(1) 「ここでは親が警察のお偉いさんだとか大企業の社長だとかそんなことは一切関係なーい! それとアルファだろうがオメガだろうがベータだろうがそれも一切関係ない。 パワハラだのコンプラだのを訴えてくるような奴は即刻ここを立ち去れ―――っ! お前たちがこれから現場で出会うだろう事件の犯人がお前らにお偉いさんのご子息だからとかぁ、オメガだからとかぁ、そんな事で気を遣ってくれると思ったら大―――間違いなんだよっ!」  確かに言われてる事はごもっともだった。  ただ…そんな事、改めて言われなくても分かってる。  ここは警察学校なんだから。  教官にどんな理不尽な事を言われようと、させられようと、文句を言ったり反抗するのはご法度だった。  現場に出たら、職質した相手が必ずしも素直に応じるとは限らないし、交通違反切符を切った相手にキレられて殴り掛かられたっておかしくない。  警察官が対応する事件はたいてい非常識な人間を取り締まる事で、結局非常識な人間と言うのは理屈が通らない。 だからここで教官がいくら今時禁忌と言われるパワハラをぶちかまそうが、理不尽な事を押し付けようが、すべては計算の上でやってることだ。  そう思いたい…  そう思いたいけれど、実際たくさんの理不尽な事を目の当たりにすると堪えるのに必死の昌己だった。  小泉 昌己はオメガだった。  ただオメガと言っても本人はアルファ―にだって引けを取らないと思っていた。  第二の性を大っぴらに人前で言ったりはしないが、たいがいオメガはひと月かふた月に一度は学校や会社を一定期間休むので隠していてもいずれバレるものだったが、昌己に関しては今までそれがあまりなかった。  例えバレたとしても昌己が言われるのは大概『嘘だろ!お前オメガには見えない!』だった。  昌己はそう言われるのが正直嬉しかった。 自分だってそれが嘘であって欲しいとずっと思っている。  だが嘘ではない証拠に、そんな昌己にも時々ヒートらしきものが訪れる事がある。 その期間はまちまちだったし間隔も不定期で、ただの体調不良だと思いたいところだが、この感覚はオメガにしかわからない。  誰でもいいから後ろの孔に熱い棒を捻じ込んで欲しい欲求に駆られる。  まだ一度も経験したことはないのにそう本能が命じるのだった。  抑制剤を飲むとほどなくしてその感覚は薄れ、その代わりどっと倦怠感が襲ってくる。  その倦怠感も二、三日寝込むとスッキリ治っていて、自分でもただの勘違いだったのではないかと思うくらいだった。  昌己も他のオメガに比べて自分のヒートがちょっと短い事はなんとなくは分かっていた。 詳しく検査を受けた事は無いが、自分の判定結果が間違っているのではないかと思う事すらある。  だが判定は覆る事は無く、定期健診の結果はやはりいつもオメガなのだった。  体力的にも運動能力についても、ベータ男性と比べても劣るところはなかったし、体つきもオメガにしては大きかった。  いや、かなりデカい方だ。  儚げなイメージを持たれることが多いオメガとは自分は全くかけ離れている。  だからこそ昌己は警察官になろうと思った次第だった。  第二の性は男と女以上にセンシティブな問題であるとして、国としても差別を無くし、平等に接しようと推奨してきた。国が推奨するという事は、オメガは差別される事が多く、その根本はやはりヒートにあった。  オメガには避けては通れないヒートという発情期があるからこそ差別されやすい。女性の生理とは違って、ヒートは本能の赴くまま発情期が訪れる。  薬である程度は抑えることはできても、ヒート期間すべてを抑制剤で抑え込んだら結局は副作用でしばらくはまともに動くことはできない。  だからオメガのヒート期間は、労働基準法でも公休と定められてはいるが、一般企業では気持ちよく休ませてもらえるような環境が整っているのはほんの一部で、仕事が忙しい時に休まれたら重要な仕事を任せられないし、本人も肩身の狭い思いをするのが世の常だった。  その点公務員はオメガに対しても手厚い。 だからオメガは公務員を目指すものが多かった。  だがさすがに警察官や自衛官を選ぶのは勇気が要った。事務などの職員ならまだしも、昌己のように現場の警官を志望する者は稀だった。  だからこそ昌己は自分がそのハードルをぶち破らねばと思うところもあった。  百人に一人か二人しかいないと言われるオメガと言う存在。  ヒートが訪れればフェロモンを発し、あまたの雄を誘い込む。その性別は男性であろうと女性であろうとオメガ性の者であれば、性行為をすれば妊娠もする。  だからオメガを巡っての性犯罪は後を絶たなかった。  オメガが勝手に誘ってきたと相手は言うが、フェロモンは出始めたら自分では止めようがない。 抑制剤を使っていても効果は個人差があり、微量のフェロモンでも感じ取れるアルファ―だっているのだから完璧な防御策はシェルターにでも入らない限り無い。 オメガは法で守られてはいても、性的弱者であることに変わりはなかった。  だから出来損ないかもしれないけれど同じオメガとして昌己は彼らを守りたかったし、オメガの中にも自分のように強いオメガが居ることを証明したかった。 それに警察官はやはり腐っても公務員だった。  絶対数が少なかろうとオメガに対して福利厚生は手厚く、警察学校にも独身寮にも、いざという時の為にオメガ用のシェルターが完備されていた。  ヒートの頻度が低いとはいえ、それがいつ襲ってくるかわからない身としては、無駄な性犯罪を招かない為にも、自分の身くらい自分で守らなくてはと思う。  だから警察官になるのはポイントが高かったのだった。  この学校の同期に、たまたまもう一人男性のオメガがいたが、彼の容姿は昌己のイメージ通りのオメガだった。  普通はオメガの特性であるヒートが起こると、男性としての成長は止まるか緩やかになり、小柄で女性的な顔立ちをしているのが一般的なイメージとしてのオメガだった。 …とはいっても数が少ないので、何十人も並べて見比べたことが無いからその概念は定かではないが、彼は昌己のイメージするオメガそのものだった。  同じクラスで宿舎でも同室になった澤田誠。小さいながらも剣道の段もちで背筋がいつもピンと伸びているのが好感が持てた。  これも昌己のイメージなのかもしれないが、オメガはとかく卑屈になりがちなのだが、澤田はその点は自分と同じで別にオメガである自分を卑下することもなく、明朗快活で、座学の方も優秀だった。  だからかクラスの役員である幹事を任されていた。  警察学校のクラスは教官がトップとすると、クラスのまとめ役となる総代が一人と、それを補佐する三名の役員で統括されていた。澤田はその役員の一人なのだった。  役員の中でも総代は別格だった。 教官の指示があればクラスの長として命令を下すこともある。  そしてクラス全員で動く事が多いので常に総代は周りに気を配らねばならなかったし、一人でも隊列を乱すものが現れたら総代が筆頭となって連帯責任が問われる。  だから彼一人に重責を背負わせない為にも三名の補佐官が右腕左腕になって働く感じになっていた。  それは本当に頭が下がることではあるが、昌己としては和を乱さないように努める事くらいしか協力は出来なかった。  それにちょっとだけ総代の彼が昌己は苦手だった。  総代を務めていたのは澤田のように武道の有段者でかつ座学の成績も同期の中では一番優秀らしい。  名前は八雲清正と言う男で、名前からしてどこかの戦国武将のようだと昌己は密かに思っていたが、全く名前負けしていないのも腹立たしかった。  背も高く横に並ぶと昌己でさえ小さく見える。  たぐいまれなる才能と圧倒的なリーダーシップをとる彼は、本人に聞くまでもなく第二の性はアルファ―だと直感で分かった。  それに八雲に会った瞬間、なんとなく背筋に寒気が走ったような気がしたのだった。  そんなことは初めてで得体の知れない寒気は昌己にとって悪寒としか思えなかった。  それから何度も鋭い視線を感じ、首筋がピリピリと痛むような感じがして、振り向けばだいたいその先には八雲が居た。  総代はとかく忙しく、何かと教官に呼び出されては指示を出されたり、クラスの代表として常に皆を先導しなければならなかった。  代表として叱責される事もしばしばで、昌己が怒鳴られたら縮み上がるような教官の怒声にも毅然とした態度で対応していた。  だから苦手ではあるが、尊敬はしている。  昌己が尊敬するくらいだから、クラスの皆が八雲を神と崇め、信頼し感謝していることは言うまでもなく、実は彼が苦手だなんて言った罰当りだと周りから罵られるだろう。  それでも何か彼とは本能的に合わないものがあるような気がしてならず、あまりお近づきになりたくはなかった。  所詮、八雲は優秀なアルファ―だし、総代なのだからここを出たらしかるべき部署へと配属されるだろうし、きっと数年後には階級も差がついているに違いなかった。  その点、自分は卑下するわけではないがしばらくは交番勤務が妥当だと思った。  欲を言えばいつかは刑事になりたかったが、それには実績を積んで昇格試験に合格しなければならない。  今ここで八雲をうらやんでも仕方がない事だと分かってはいても、明るい未来がすぐそこまで見えている彼の勇姿を目の当たりにすると男として嫉妬心が湧いて来て、そんな自分の心の狭さに辟易する。  だから今はそっと自分の気持ちに蓋をした。 (つづく)

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