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第15話
ホテルの外に出ると車寄せには文字通り、持ち主の帰りを待つ高級車が列をなしていた。その中の一台に乗り込もうとする、ひと際オーラを放つ男性に目が止まる。けれど、誰なのかと考える前に圭の声がした。
「お待たせ」
疑問は圭が現れたことで、途端にどうでもよくなる。きっと、加賀屋のイベントに来た大富豪なのだろう。勝手にそう自己完結して、労いの言葉を投げかけた。
「遅くまでお疲れ様」
ネクタイを緩めながら、気怠げに片手を上げるとスタスタと俺の横を通り過ぎる。
「タクシー拾える大通りまで歩くぞ」
「そ、そうだな」
半歩先を歩き出した圭の足取りは、思っていたよりゆっくりだ。それに合わせるように、俺もさりげなく横に並び歩き始める。
人通りはほとんどなく街灯が等間隔に立っている道は、とても静かだ。大通りまでは少し歩くので、反物を何本か持ったままだと正直キツい。いつもなら、荷物が多い時はホテルにタクシーを呼んでしまう。東雲が予め手配してくれることもあれば、自分でフロントにお願いするか、どちらかだ。
「それ、重そうだな。半分持ってやるよ」
心を見透かすように、圭の手が伸びてきてあっという間に軽くなる。
「あ、ありがとう。圭だって疲れてるのに悪いな」
「これくらい、大したことないだろ」
何気ない日常会話でも、今の俺たちには珍しい。だからこそ、さっきまでの東雲との時間が後ろめたいと思ってしまう。思い出さないようにしても、耳の奥にこびりつく東雲の荒い息遣いや甘い囁き。何度もキスをされ、当たり前のように好きでもない男に抱かれ続ける現実は、とてつもなく黒くて汚い。わかってるのにどうにもならないのも現実で、無意識にため息が出た。
「今日の商談相手って、そんなに大事な客なの?」
「え、どうして」
「いや、何となく疲れてるように見えるから」
確かに疲れてはいる。今日はいつにも増して何度も抱かれたし、どこにあれだけの体力があるのかと思うくらい東雲はタフだった。それとこれとは別で、正直に答えるわけにもいかず、また嘘を並べるしかない。
「大事というか、いつもわがままを言われるからなかなか話が進まないんだ。でもなんとか、仕立て上がりまでのスケジュールは組めたから大丈夫」
「ふーん、そうか。なら、いいけど……」
どこか腑に落ちないような横顔は、暗がりの中でも気付いた。けれど、これ以上余計なことは言わない方がいい。自分で予防線を貼って話題を変えようとした時、突然、圭に手を握られた。
「え……」
無意識に発した声は予想以上に大きくて、静かな夜道に響いてしまった。
「別に他意はねぇよ。昔は、よくこうやって手繋いで帰ったなって思い出しただけ」
お互いに反物を外側に持っていたから、ごく自然だった。だからとはいえ、ありえない行動に心臓の鼓動が物凄い勢いで跳ね上がる。小さい頃、一緒に遊んだ後は必ず二人手を繋いで帰った。当たり前のようにそれはずっと続いていたのに、いつの間にか二人で遊ぶことも帰ることもなくなり、もちろん手を繋ぐことなんてなかった。圭の思春期真っ只中は、会話もなく避けられてたくらいだ。だからこの状況は、嬉しいよりも戸惑いの方が大きい。
「悪りぃ、今さらキモかったよな」
俺が何も言わないから嫌だと思ったのだろう、圭はすぐに手を離そうとした。
違う……そうじゃないと口にする前に、俺は咄嗟に繋がれた手を更に絡めた。
「え……」
今度は圭がさっきの俺と同じように短く声を発した。
真っ直ぐ歩いた先はすぐ大通りだというのに、俺は繋いだ手を引き寄せながら手前の道を右折した。強引だと自分でも思う。けれど、まだ離れたくない。
「恵……?」
ここで名前呼びはズルい。俺は頭の片隅で、ぼんやりと、でもハッキリと……そう思った。
「もう少し、このまま歩こう」
声は上ずってないし、震えてもない。いつも通りだ、大丈夫。呪文のように頭の中で繰り返し、好きでたまらない気持ちを隠しながら、圭を誘った。
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