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第7話 諦念

 翌日、朝早くにシリルは起きたかと思うと、仕事があるからゆっくりしていてくれ、と言い残して部屋を出て行った。  誰もいない部屋に一人でいるのは落ち着かないので、用意されていた服を着て、部屋を出ようとしたその時、ドアがノックされる。 「エヴァンです」 「エヴァンさん? どうぞ」  ガチャ、と重たそうなドアを開けて入ってきたのはエヴァンとロレットだ。二人とも、シリルの指示で薫と過ごすように言われたらしい。 「私たちも仕事があるんですけどね。薫を一人にさせるな、とうるさいものですから」 「エヴァン」  どうやらエヴァンは、薫の相手をさせられるのは嫌なようだ。ロレットに窘められても、エヴァンは薫と目線を合わせない。 「す、すみません……」  貴重なお時間を邪魔してしまって、と薫は眉を下げると、エヴァンは「一人で城をうろちょろされるよりマシです」と言う。 「朝食を用意しますので。ロレット、あとはよろしくお願いします」 「……ああ」  そう言って、エヴァンは部屋を出て行った。 (エヴァンさんのあの態度……やっぱり僕は嫌われてるんだろうか……)  薫は肩を落とす。するとロレットがクスクスと笑った。見ると彼は、困ったように笑っている。 「どうかエヴァンを悪く思わないでくれ。もうすぐ薫が起きるからと、俺は叩き起されたんだ」  そう言えば、この部屋に二人が来たタイミングは、薫が着替えて部屋を出ようとした時だった。薫が部屋を出て、迷い、手持ち無沙汰にならないように、タイミングを合わせて来てくれたのだと知ると、実は優しい人なのかも、なんて思ってしまう。 「……どう接していいか、分からないだけなんだろう」  そう言うロレットは優しい顔をしていた。確かに、昨日温泉に行った時は優しくしてくれた。タイミングを計って来てくれたり、今も朝食を用意する為に動いてくれている。悪い人じゃなさそうだ。  薫は笑う。 「ロレットさんは、エヴァンさんが好きなんですね」  エヴァンが薫に嫌な態度をとる度、彼を庇うような発言をするロレット。仲良しな幼なじみって羨ましいです、と言うと、彼はロレットでいい、と薫の頭をポンポンと撫でた。 「……ベルは知っていたから話すが……俺はエヴァンをただの幼なじみとして見ていない」 「えっ?」  薫は思わずロレットを見上げる。そして、その意味を理解して汗が出るほど顔が熱くなった。つまり、ロレットがエヴァンに対して持つ好意は、幼なじみとしての友情ではなく、おそらく、愛情……。 「あ、ああああああのっ、やっぱり昨日はっ、……じ、邪魔してしまったってことですよねっ?」 「……慰めていただけだ。けど……」  ロレットは言う。昨日は薫が部屋に呼びに来ることも、エヴァンは分かっていたはずなのに、ドアが開けられるまでそのままでいた、と。  薫はその時のことを思い出した。確かに二人が離れたのは薫が来てからで、ロレットは何か言いたそうにエヴァンをジト目で見ていたのだ。ロレットのあの目はそういうことだったのか、と納得する。 「アイツは溜め込みやすいから。薫も時々気にしてやってくれ」 「はい……」  そうは言ったものの、肝心のエヴァンは薫に心を開いてくれるだろうか。それができなければ、エヴァンが溜め込んでいるなんて、分かりもしないだろうけれど。  すると、ドアがノックされた。返事をすると使用人の声がして、食事の用意ができたというので、ロレットに案内されてついて行く。  食事をする部屋に着くと、そこにはエヴァンと、シリルもいた。仕事があると言っていたのに、と彼を見ると、「一旦切り上げてきた」とシリルは微笑む。 「少しでも一緒にいたいからね」 「……ありがとうシリル、嬉しい……っ」  薫は反射的にそう言って、シリルに抱きついていた。そしてシリルに抱き締められて初めて、自分が恥ずかしい言動をしたことに気付く。  いくらベルがシリルの婚約者だとしても、人前でこんなこと、と思ってシリルの胸をそっと押した。けれど薫は動けず、慌てて視線を巡らせる。  するとエヴァンと目が合った。彼は異様なものを見るような目でこちらを見ていて、薫は冷や汗をかく。 「あ、あああああああのっ、シリル、ひ、ひとが見てますから……っ」 「自分から飛び込んで来ておいて、そういうことを言うのか? 困った婚約者だね」 「……っ、ちょ、んん……っ」  ちゅっ、とリップ音が柔らかい感触とともに上がった。こちらに来てから、何度キスをされたのだろう? 薫はベルの魂の意思に引きずられそうになりながらも、必死で胸を押す。 「シリル!」  エヴァンが声を上げた。シリルは口付けを止めてくれたものの、薫をしっかりと胸に抱いて離してくれない。  エヴァンは身体を小刻みに震わせ、両手を力一杯握っていた。白い肌が更に蒼白になり、明らかに顔色が悪い。 「……人前で、そういうことは止めてください……」 「これくらいの愛情表現は普通だろう?」 「それでも、……薫はこちらに来たばかりで……」 「それは昨日も聞いた。だが、早くこちらの世界に慣れて貰わないと」  シリルの声は冷静だった。薫も、互いの言い分に別段おかしいところはないように思う。薫が戸惑っているから、エヴァンは庇ってくれているのだろうか? 「エヴァンさん、あの、……僕は大丈夫ですよ? ただ、まだ戸惑いの方が大きくて……」 「……だそうだ、エヴァン」  シリルがそう言うと、エヴァンはひとつ深呼吸して、「分かりました」と席に着いた。  それをきっかけに薫たちも席に着き、重苦しい雰囲気の中、朝食を食べたのだった。

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