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第6話 安堵
城の一階には、それはそれは立派な浴場があった。なんでも、ここはシリル専用の浴場だそうで、友人であるロレットとエヴァンも許可があれば入れるのだとか。
(自分専用のお風呂って……いいなぁ)
薫は前世のことを思い出しかけて、止める。ここは薫の家ではないし、日本ですらない。もう関係のないことだ、と。
「ほら、早く脱いで」
「って! し、しししシリルさんっ!? 自分でできますってば!」
物思いにふけっていると、シリルが薫の服を脱がせてくる。
「シリルと呼んでくれと言っただろう? ほら、私も脱いだぞ」
「早っ!」
いつの間にかシリルは堂々と裸になっていた。こういう時は、せめて前だけでも隠すものじゃないか、と思っていたら、ロレットがタオルを渡してくれた。やはり、堂々としているのはシリルだけらしい。
シリルは均整の取れた体つきをしていて、しなやかそうな筋肉が付いている。それに対して自分は、と思いかけて頭を振った。今チラリと見えたロレットはやはりハッキリと腹筋が割れていたし、見劣りする自分が恥ずかしいけれど、せっかく誘ってくれたんだし、と思い切って服を脱ぎ始める。
「薫、無理しなくていいですよ」
ズボンを下ろすのに躊躇っていると、エヴァンから声を掛けられた。まさか声を掛けられるとは思わず、薫の手が止まる。そして、先程薫と呼んでくれと言ったことが、エヴァンに伝わっていることに少し胸が温かくなった。
「お、エヴァン。相変わらず綺麗な肌してるな」
男にしておくの、勿体ないぞ、とシリルは言うけれど、エヴァンは当然不満そうだ。するとエヴァンは、大きめのタオルを薫の肩に掛けてくれる。思わず振り向いて彼を見ると、彼は先に行ってしまっていた。そのエヴァンの後ろ姿に、薫は見入ってしまう。
彼は長い髪を、濡れないように短くまとめ上げていた。シリルより白い肌に、ラベンダー色の後れ毛が垂れ、滑らかな肌が扇情的に見える。背中はやはり男性だと思う程広かったが、締まった脇腹や腰周りは細く、そこだけ見れば女性に見えなくもない。
(って、何見てるんだ、僕……っ)
「どこを見てるんだ?」
「ふぇっ!? ……っ、んむ……っ」
振り向きざまにシリルに口をキスで塞がれ、薫は目を白黒させた。息ができずに慌てていると、唇を離したシリルはこう言う。
「私だけを見て」
甘い声は薫の耳をくすぐった。返事は? と言われはい、と頷く。よろしい、とまた唇を啄まれ、薫はまた卒倒するのでは、と頭がクラクラした。
キスをして上機嫌になったシリルと、服を脱いでタオルを腰に巻いた薫は、一緒に浴場へ入る。日本の旅館の大浴場といった感じの風呂は、絶えず温泉が流れていた。聞けば、湧いた温泉をずっと流しているので、薫はいつでも入っていいとのこと。
四人で汗を流し(といっても、薫の裸をシリル以外には見せなかったが)、バスローブを着て部屋に戻る。薫の部屋はシリルと同室で、薫が目覚めた時にいた部屋は、客室だと知った。
シリルの部屋は豪華だった。壁紙や装飾は華美で、調度品も過剰装飾が付いたものばかりだ。国王だからと言われれば納得だけれど、どうも落ち着かない。
(でも、これで眠れる……!)
薫は身体が暖まって、すぐにでも意識が落ちそうだった。シリルに促されてベッドに乗ると、彼は薫のバスローブを脱がしにかかる。
「……っ、えっ? ししししシリル……!?」
「どうした?」
どうしたもこうしたも、いきなり他人の衣服を脱がそうとすれば誰もが慌てるだろう。しかし薫が驚いたのはそれだけじゃなかった。シリルもバスローブを脱いで、全裸になっていたからだ。
「なっ、ななななな何で脱いで……!」
「……ああ。寝る時は全裸がこの辺りの風習でな」
そこは覚えていないのか? と問われ、薫は記憶を辿ろうとした。けれどベルは女性だったことを思い出し、慌てて思考を止める。
「ま、ま、まままさか、ベルさんともこんな風に寝てたんですかっ?」
「まさか。婚約者とはいえベルは女性だからな」
「だっ、だっ、だったらっ、僕とも……っ」
「私はもう、ベルに対しては遠慮しないと決めた」
そんなの、勝手に決めないで欲しい、と薫は脱がされたバスローブの代わりに毛布で身体を隠す。しかしその毛布ごとシリルに抱き締められ、ベッドに倒された。
(あ……)
すると案の定、シリルに抱き締められると胸が暖かくなって、次第に熱くなってくる。
「シリル……」
薫は無意識のうちにシリルを呼んでいた。喘ぐように囁いた言葉には明らかに熱がこもっていて、薫は思わず口を手で塞ぐ。
その様子を見たシリルは微笑んだ。
「愛しているよ」
甘く、柔らかなものに包まれるような声。その声を聞くと、すうっと自分の意識が遠のくくらい、安心する。
薫は、やはり戸惑ったけれど、こんなにもベルを思っているシリルに応えたいと思った。腕を伸ばし、シリルの背中に回すと、彼はキツく抱き締めてくれる。
「──今度こそ、一緒にいたい……」
魂から溢れる言葉を、薫の口を通して発すると、シリルは薫の細い髪の毛を梳いてくれた。心地いい、安心する、とお返しにシリルの背中を撫でる。
「──おやすみのキスだ」
そう言って、シリルは薫の唇に軽く触れた。温かい、人肌に触れたのは初めてなのに、こんなにも安心するのは、間違いなくベルが原因だ。
けれど、今はそれでいい、と薫は思う。
前世では無条件に愛される経験がなかった。だからその心地良さを少しだけ享受したっていいじゃないか、と薫はシリルに擦り寄る。
こうすると、シリルは応えてくれるんだ。それなら僕は、ベルさんが感じるままに行動すればいい。
自分が愛されていると実感できるなら。
薫はそう思って、シリルの腕の中で深い眠りに落ちた。
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