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第5話 勧誘
「……はあ」
今日は一日で色んなことがあり過ぎた、と薫はため息をつく。
あれからすぐに気が付いたものの、シリルには怪訝な顔をされ、ロレットにあれこれ世話をされてしまった。
ロレットは薫の頃の記憶がまだ強いから、そういうのはこちらの世界に慣れてからにしろ、とシリルに言ってくれたものの、肝心なシリルは「愛しているのに、スキンシップもダメなのか」と不満顔だ。
「大体、ベルがいた頃もそうだっただろ。お前は少し強引過ぎる」
ロレットがそう言ったのをきっかけに、二人は言い合いを始めてしまった。薫はどうしよう、止めなきゃと二人の間に入る。
「あ、あああああのっ、喧嘩は……っ」
薫が口を開いた時、バァン! と勢いよくドアを開けて入ってきたのは、エヴァンだ。
「食事しますよ!」
そう言って彼は席に着き、用意されていたパンと、香辛料が効いていそうなソーセージに豪快にかぶりついた。一見女性と見紛う程のお淑やかさがあるエヴァンに、似つかわしくない行動だ。薫を含め三人は唖然とする。
「皆さん、食べないなら私が全部頂きますが良いですか?」
三人がエヴァンを見ていることに気付いた彼は、そう言ってなおパンを齧った。するとロレットが「食べるか」と言って言い争いを止めたので、薫はホッとする。
(何だかんだ、やっぱり仲が良いんだ……)
そんな夕食の時のことを思い浮かべながら、薫はぐったりしてベッドに大の字になって倒れ込んだ。
「……」
あの三人を見ていると、何となく疎外感がある。当たり前だけれど、モヤモヤしてしまうのだ。いくら薫がベルの魂を持っているからと言っても、今日この世界に来たのだから、と自分に言い聞かせようとするけれど、モヤモヤは拭えない。
「……大丈夫?」
「うわああああ!!」
考え事をしていたところに、いきなりシリルに顔を覗き込まれて、薫は慌てて起き上がった。
「なっななっ、なななな何ですかっ!?」
動揺する薫とは対照的にシリルはベッドの端に座り、優雅に足を組んだ。その動きもやはり綺麗で、やはり王様は違うな、と思う。
「疲れた?」
「は、はい……」
「ふふ、色んなことがあったしね」
シリルはそう言うと、立ち上がって「良いところに行こう」と手を差し出してきた。薫は躊躇いながらもその手を取ると、またベルの記憶が出てくる。
『シリルは本当に……』
薫は立ち上がって、その先の言葉を待った。けれど聞こえない。
「……っ」
胸がギュッと締め付けられるように痛くなり、胸を押さえる。けれど、胸の中から今まで押さえつけられていた感情が溢れるように、薫の目から涙がボロボロと落ちていく。
苦しいほど愛おしい。愛とはこんなに苦しいものなのか。薫の脳裏で薫の思考と身体とは関係なく、気持ちが溢れていく。
『シリル……会いたかった……!』
薫の脳裏でそんな声がした。するとシリルの腕が薫を包む。すると、すうっと氷が溶けたように安心して、更に涙が出てきて、しまいには嗚咽が漏れてしまった。
薫は戸惑う。これは自分の感情じゃない、ベルの感情だ。彼女はシリルに会えて嬉しがっている。そして薫は、その感情に引きずられるようにシリルに縋り付いてしまうのだ。
「大丈夫? 疲れたね」
「大丈夫、です……」
シリルが頭を撫でてくれる。するとドアがノックされた。
「誰だ」
シリルがハッキリとした声で聞く。その低く鋭い声に、薫はドキリとした。やはりこのひとは、人を従え上に立つひとなんだ、と。
「エヴァンです。ロレットを連れて来ました」
「……入って来い」
来たのがエヴァンとロレットと聞いて、幾分か声を柔らかくしたシリル。部屋に入ってきたロレットは、真っ直ぐ薫のそばに来ると、背中をひと撫でした。
魂を落ち着かせる能力があるというロレットは、そのひと撫でで薫をホッとさせる。
「このタイミングで来るとは、さすがエヴァンだな」
「……いえ」
エヴァンは未来が視える能力で、薫を落ち着かせに来たらしい。彼は控えめに笑った。その姿は、男の薫でも綺麗だと思う程で、シリルが言っていた、女の子にしばしば捕まっているという話も頷ける。
「シリル、薫様は転生直後で、自分の意思と魂の記憶が混ざって混乱しやすいのです。無茶はされませんよう」
「分かった」
「あ、あああ、あのっ」
薫はシリルから離れて、ロレットとエヴァンに礼を言おうとする。けれどシリルの腕から抜け出せず、顔だけ上げる形になった。
「ありがとう、ございます……。それから、僕のことは、薫と呼んで下さい……」
後半は主にエヴァンに向けた言葉だったけれど、エヴァンは笑顔で「分かりました」と答えてくれた。否定されなくてよかった、とホッとしていると、シリルが「そうだ」と声を上げる。
「今から温泉に行こうとしていたんだ、ロレットとエヴァンもどうだ?」
「えっ?」
薫はシリルを見上げると、彼は微笑んだ。エヴァンとはまた違う美しさに、薫はなぜか頬が熱くなる。
「ゆっくり入って、身体が温まればよく眠れる」
「はい……」
シリルがそう言うなら、と薫は頷いた。
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