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第11話 落胆

 その日の夜、薫は昼間に寝てしまったせいか、なかなか寝付けず、ベッドの上で何度も寝返りを打っていた。時計は寝室には無かったので憶測だけれど、もう日付が変わる頃だろう。  しかし、寝台にはシリルの姿はない。仕事が忙しいから、ロレットとエヴァンに薫を託したのか、と今更ながらに思う。  すると、寝室のドアが開いた。入ってきたのはもちろんシリルだ。 「シリル……っ」  薫は起き上がってシリルを迎える。 「遅くなってすまない。いい子にしてたか?」  彼はベッドまで来ると、昨日と同じようにバスローブを脱いだ。そして、薫がバスローブを着ていることに気付くと、眉を顰める。 「服を着たままなのか」 「ご、ごめんなさい……何か、慣れなくて」  薫が視線を落として謝ると、シリルはベッドに入ってきた。そして、そのまま当然のように薫のバスローブを脱がしにかかる。やっぱり脱がされるのか、と薫は抵抗せずに裸になった。 「早くこちらの世界に慣れて貰わないと困るな」 「……っ、すみ、すみません……」  薫はベッドの上で正座をして俯く。しかしシリルは気にしていないのか、薫を抱き寄せ優しい口付けをした。良かった、嫌われてはいないようだ、と薫はホッとする。 「ほら、もう遅い。休もう」  そっと肩を押されて横になった。そして彼の腕にホールドされ、身動きが取れなくなる。 「し、シリル? ……んむ……っ」  そして昨日と同じように口付けをされた。しかし昨日と違うのは、その口付けが何度も繰り返されたことだ。 「シリ……シリル……?」 「眠れないなら、眠れるようにしようか?」 「……な、なななな何を……っ?」  言葉を紡ごうとした唇はまた塞がれた。彼の柔らかい唇が、薫の唇を啄み、撫で、甘噛みする。唾液で薫の唇は次第に濡れていき、滑りが良くなったそこは、シリルの唇が合わさる度に意識をフワフワと遠のかせるのだ。  最初は戸惑った薫だったが、次第にその心地良さに慣れていき、シリルの唇を素直に受け入れ、そして自らもシリルの唇を吸い上げる。 「……ぁ、シリル……」 「……可愛い。可愛いよ私のうさぎちゃん……」  薫はいきなりうさぎと言われ戸惑ったものの、シリルのその言葉には、今までにない熱が篭っていた。それを聞いた薫は、腰の辺りが僅かに痺れるのを感じる。まさか、と思ってシリルの口付けを避けて下を見てみると、やはりそこはある程度の硬さを保って勃っていた。そしてついでに、シリルのも見てしまう。 「し、ししししシリル……っ、ここ、これ以上は……っ」 「どうして?」 「んゃ……っ、ぁ……っ」  背中をつっと指先で撫でられ、薫は思わず声を上げた。それが恥ずかしいくらい上擦っていて、両手で口を塞ぐ。  するとシリルはくすりと笑い、薫をまた抱き締めた。それにはもう性的なニュアンスは無く、これ以上する気は無いとみて、薫はホッとする。 「愛してる。おやすみ、うさぎちゃん……」  低く甘い声がしたかと思ったら、シリルは次の瞬間には規則的な寝息を立てていた。疲れていたんだな、とシリルの寝顔を見つめる。  改めて見ると、シリルは本当に、童話に出てくる王子様のように、華やかな顔立ちをしているな、と思った。金髪碧眼というのもあって、その華やかさは一層際立ってるように思える。 「……」  薫はシリルの頭を撫でた。絹糸のように滑らかで柔らかい金の髪は、触れているだけでも胸が熱くなる。  愛おしい。ずっと触れていたい。ずっと見つめていたい。そんな感情が心の深いところから、水面に上がる泡のように、ふつふつと湧き出てくるのだ。 (さっきの……僕が拒否しなかったら、先に進んでいたのかな……?)  薫は先程のキスを思い出し、ゾクリと肩を震わせた。  シリルが望むなら、自分は……。  そこまで考えて、慌てて目を閉じて眠ろうとする。寝る前にこんなことを考えては、眠れなくなる。そしたらまた、ロレットやエヴァンに迷惑を掛けることになるかもしれない。 「……」  ダメだ、と薫はそっと起き上がった。下半身の熱は収まったものの、悶々としてしまい眠れそうにない。  脱がされたバスローブを再び着て、ベッドから降りた。シリルはぐっすり眠っているらしく、起きる気配はない。  薫はそっと部屋を抜け出す。少し夜風に当たって気持ちを落ち着かせ、またそっとシリルの元へ戻ればいい、と早足で進む。  目指すのはあのバルコニーだ。あそこからの景色を眺めたら、こんな邪な気分など吹き飛ぶはず。  思えば、記憶にあるより少し成長していたとはいえ、薫の身体なのだ。前世はそんな気分になる余裕さえなくて、自分で慰めたのも数える程しかない。  しかし今は邪魔をする母もいないし、勉強もしなくていい。 (いいや。転生して、最初にやりたいと思ったことがこんなことだなんて情けなさすぎる……!)  薫の足は小走りになった。運動で少しは発散できたらと思って、敢えて息を止めて走り、目的の場所に着く。 「……」  夜のバルコニーから見た景色は、何も見えなかった。  それもそうだ、月明かりはあるものの、街頭も部屋の明かりもない山の中なのだから。  薫は少しガッカリして乱れた呼吸を整えようと、息を吸い込んだ、その時。 「何をしてるんです?」  驚いて振り向いた視線の先には、険しい顔をした、エヴァンがいた。

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