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第29話 自覚

 エヴァンが言うには、ベルが死亡した事件も、ロレットが関わっているとのこと。ベルが切りつけられても、シリルを近寄らせず、ベルを放置したのはロレットの指示だったと、占いで出たらしい。 「つまりは、クリュメエナ国王の右腕が権力を持ち、奴隷制度を確固たるものにするために、邪魔な反対派を殺した……と」  薫は身体を洗って着替えると、エヴァンがこれまでの経緯を軽く話していた。  にわかには信じられない、と薫は思う。城にいた時のロレットはとても優しかったのに、と思っていると、エヴァンは苦しそうな表情をした。 「薫……ロレットは、葬送師の力を持っているからこそ、人の死にとても興味を持っていました」  しかも彼は、自然死──病死や事故死なども含める──ではない死、人を殺したらどうなるんだろう、と幼い頃に呟いていたそうだ。 「その時私は怒りました。他人の死を勝手に終わらせてはいけない。大体、そんなことをしたら来世は地獄だ、と」  葬送師として働くことが決まっていたロレットが、そんなことをしては信仰の説得力もなくなる、と訴えると、ロレットは「もうこの話はしない」と言ったという。 「てっきり、本当に思い直したのかと思いましたが、ベルの死以降、やはり彼は変わってなどいないと、占いをしていくうちに、確信しました」  薫は、ベルの葬儀の時に言った言葉を思い出した。 『来世では俺が殺してやる』  身体が震えた。自分が生きているということは、ロレットはまだ諦めていないということだ。クリュメエナから逃げる時、ロレットの、あの爛々とした目を思い出した。あれはやっと自分の願いが叶う、とワクワクしていた目だったのだ。ロレットの危険性を薫は改めて感じる。 「すみません……過去の思い出に縋って、覚悟を決められなかった私の落ち度です」  エヴァンはそう言って、唇を噛んだ。ずっと一緒に過ごしてきた友人を、そんなはずがないと……最後まで信じたいと思っていたのだろう。 「ウーリー、ロレットは今後、国内の税金を爆上げし、国民を苦しめます。紛争が起き、難民が生まれ、それがユチソンドにも入ってくるでしょう」 「なんだ、奴は戦争がしたいのか?」 「戦争というより、人が死ぬのを見たいのでしょう。そして、ベルを……薫を自分の手で殺したい」  なんでクリュメエナには、そんなのばっかトップにいるんだ、とウーリーは呆れていた。 「なまじロレットは強い力を持っていますしね……魂を召喚できるのは、この世界で彼だけです」 「他人の死を、自分の力で何とでもできる、と勘違いしたんだろうな……」  ウーリーがそう呟くと、エヴァンは黙ってしまった。重苦しい空気がただよい、薫も黙ってエヴァンたちが話し始めるのを待つ。 「失礼します」  すると、一人の紳士が入ってきた。昨日の喫茶店にいた紳士だ、と思っていたら、彼は薫を一瞥し、ウーリーのそばに歩み寄る。 「何だ? よっぽどのことじゃない限り邪魔をするなと……」 「はい。よっぽどのことなので来ました。クリュメエナより、シリル前国王の代理人と名乗る男が、お父上の元に」  一気に緊張が走った。まさか国の代表同士のおおごとにされるとは、と薫はエヴァンと顔を合わせる。 「まさか……私の占いとは違う……」  エヴァンの顔色が蒼白になっていた。彼の占いでは、ロレットがユチソンドを訪れるとは、出ていなかったのだろう。 「それで、その代理人は何と言っている? ジャン」  ジャンと呼ばれた紳士は事務的に答えた。 「一時的に代理人と名乗っているが、今後は実質国王になる。こちらに逃げた犯罪者と人質を渡してほしい、と言っているそうです」  薫は拳を握った。どちらが犯罪者でどちらが人質なのか、この場合は言わずもがなだろう。何もしていないのに、と初めて彼に怒りが湧いた。  そしてウーリーは「父上に説明する前に来るなよ……」とぼやいている。 それに関してはエヴァンも同じだったようで、苦笑していた。 「とりあえず、俺は父上に話を聞いてくる。その間、二人はここで待っていてくれ」 「ちょっと待ってください、ウーリー」  早速部屋を出ていこうとしたウーリーを、エヴァンが引き止める。そして少し目を伏せ考えたあと、エヴァンはこう言った。 「私の占いがどんどん外れていっています。この際、私は直接会話をするのも厭いません。ですが、彼の葬送師としての腕は相当なものなので、くれぐれも気をつけて」  するとウーリーは口角を片側だけ上げて笑う。 「……それは、いざとなったら殺していいってことだな?」 「判断は貴方に任せます」  弱々しいエヴァンの声に、ウーリーは分かった、と手をヒラヒラさせて部屋を出ていった。しかしすぐにまた顔だけ出して、「行ってくるね~、カオリ」と笑顔でまた出ていく。 「……とりあえず、座りましょう」  そう言ったエヴァンは今にも倒れてしまいそうな程、弱っていた。薫はそばに寄り添うように座ると、彼は「情けないですね」と苦笑する。 「占いで何も視えないと、どうしていいか分からなくなりました」  ただ、このあとロレットが、と言いかけて、エヴァンは口を噤んだ。薫は、ああ、と納得する。  今まで毅然として過ごしていたエヴァンは、占いがあったからこそだったのだと。そして多分彼は、ロレットの未来を見てしまったのだろう。その未来は、エヴァンにとっては複雑な気持ちになるもので、その気持ちを持て余しているのだと。  自然と、身体が動いていた。  薫は立ち上がり、エヴァンをそっと抱きしめる。 「エヴァンさんの能力も、万能じゃない。……でも、ずっと僕を励ましてくれてました」  だから僕は生きてます、と薫は少し離れ、エヴァンの顔を覗いた。彼は(ほう)けたように薫を見つめていて、そんな顔も綺麗だな、と笑う。 「……こんな展開、占いにはありませんでした」 「エヴァンさんは、自分の未来は占えないんですっけ?」  ずっと、自分を気にしてくれていたエヴァン。転生してすぐにロレットに泣いて話していたのは、薫が死んでしまうところを視たのだろう。優しい、そして脆いエヴァンが、薫は好きだと思う。 (好き……。そう、僕はエヴァンさんのことが……)  そう考えたら、急にこの体勢が恥ずかしくなった。慌てて離れると、エヴァンは驚いたような顔をしている。 「どうしました?」 「い、いいいいいいえ! ななな、何でもないですっ」  今まで散々抱きしめ合うことはしてきたのに、意識した途端恥ずかしくなるなんて、と薫は顔が熱くなった。ロレットの動向を気にしていなきゃいけないのに、と薫は意識を切り替える。  そして全てが片付いて、それでも自分とエヴァンが無事なら、想いを伝えてみよう、と心に誓った。

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