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第30話 崩壊
エヴァンの占い通り、ロレットは謁見中に暴れだし、三人の兵士の魂を抜き取ったあと、ウーリーに銃殺された。
戦争を仕掛けるにしても、薫たちを連れ戻すにしても、ほぼ単独で来るなんて、よっぽど自暴自棄になっていたのでは、というのがウーリーの見解だ。
「父上は今でこそ為政者として王を名乗っているけれど、本当は俺と近い考えなんだよ」
とはいえ、これからクリュメエナとユチソンドの対立は避けられないだろう、とウーリーは言う。
「クリュメエナ崩壊の占いは、当たってしまったね」
苦笑するウーリーに、エヴァンは感情が読めない表情で目を伏せた。
「こればかりは、外れて欲しいと何度も占いましたが、覆 ることはありませんでしたね」
そんなエヴァンを見て、薫は少し心配になる。
もともと、そんなに感情を表に出すひとではないけれど、今の彼はとても無理しているように見える。それこそ、薫がやりたくない習い事をさせられていた時のように。
そしてロレットの遺体はクリュメエナに還されたが、続けて国のトップを亡くしたクリュメエナは混乱し、荒れた。見かねたユチソンド国王が介入宣言をし、ウーリーが派遣される。
「あーもー! 嫌な予感したんだよ! 本当に俺はお前が嫌いだ!」
そうエヴァンに文句を言って出ていったウーリーは、薫とエヴァンに就職先を斡旋してくれた。農作業だけれど何もしないよりはマシだと考え、薫は仲間と一緒に一生懸命働く。そして、なぜかエヴァンは女性と間違われ、家で糸紡ぎをと勧められていて、困惑したエヴァンを見て大笑いした。
そして仕事にも慣れ、一日の終わりに仲間たちと労いのビールと食事を楽しむのが日課になった頃、ウーリーが薫たちのいる酒場にやってきたのだ。
「おお! ウーリーじゃないか!」
「久しぶりだなぁ! 栄転おめでとう!」
口々に叫ぶ男たちは、ウーリーをよく知っているようだった。彼は「何が栄転だ、ただ厄介事を押し付けられただけだ」と愚痴っている。
そして薫を見つけると、早速隣へやってきた。
「ようやく少し落ち着いて、隙ができたからカオリに会いに来たよ。相変わらずかわいいねぇ」
そう言って、肩を抱いてくるウーリー。するとそばにいた男が声を上げる。
「ありゃ、薫はウーリーのいい人だったのか」
「えっ? ち、ちちち、違いますっ!」
薫が慌てて否定すると、ウーリーは「そんなに思い切り否定しなくて良いじゃないー」と更に身体を寄せてくる。こんな所をエヴァンに見られたら、と思って視線を巡らせると、おかわりのビールを持ってきたらしい彼と目が合った。しかし、彼はスっと視線を外し、他の席へ行ってしまう。
「……」
薫は視線を落とした。ここのところエヴァンは何となく元気がないし、薫とも距離を取っているように感じるのだ。
「何見てるのかな?」
「ひゃっ!?」
いきなり耳に息を吹き込まれ、薫は耳を押える。ウーリーはにっこりと笑うと席を立った。
「カオリ、ちょっと外に行こう」
「え?」
戸惑う薫の腕を取り、引っ張るウーリー。話があるんだ、と言われついて行くと、店の裏に着いた。そして、店の壁を背もたれにして、ウーリーは「よいしょ」と座る。
「ほら座って」
腕を引かれその場に座ると、空がやたらと綺麗に見えた。店から漏れる光が辺りを照らし、今日薫たちが働いた畑がうっすらと見える。綺麗な景色に、何だか感傷的になって、目頭が熱くなってしまった。
「カオリ……」
鼻を啜った薫の肩を、ウーリーが抱く。魂を落ち着かせる能力がある彼は、そのままポツリと話し始めた。
「ロレットの墓を建てたよ。やっぱり、魂は平等だと思うから、シリル前国王と、イザベルの隣に」
「そう、ですか……。ありがとうございます」
ウーリーのおかげで泣くのを堪えられた薫は、礼を言う。少しの間だったけれど、優しくされたのは事実だ。それも全部嘘だったと思うと悲しいけれど、今じゃ確かめる術はない。
「ウーリーさん。人間って、呆気なく死ぬものなんですね」
ポツリと呟いた声が、妙に寂しく聞こえた。ウーリーは空を見上げ、ため息をつく。
「いずれはみな通る道……俺も、カオリも、……エヴァンもだ」
だからみな、一生懸命生きる。カオリもそうだろう? と言われ、薫は苦笑した。
「……僕は、逃げてばかりで……前世でも、今世でも」
「何だ、やっぱり一生懸命じゃないか」
ウーリーの意外な言葉に彼を見ると、緑の瞳と目が合う。その目が細められた。
「危険から遠ざかり、居心地のいい場所を探すのは、生きる上で最も大切だと思うけどなぁ」
魂が安心する場所っていうのは、大事だよ、とウーリーの顔が近付く。額にふに、と柔らかいものが押し当てられ、それが彼の唇だと分かって困惑した。
「あ、あああああの、ウーリーさん、何を……?」
「何をと聞かれたら……キス?」
何でそうなる、と薫は顔が熱くなる。
「そういうウブな反応もたまんないなぁ。俺、カオリに一目惚れしたんだ」
俺じゃ魂が安心する存在になれない? と耳を齧られて、薫は肩を震わせた。僕、男ですよと言うものの、ウーリーは首を傾げる。
「それがどうかしたの?」
「……っ」
シリルと同じセリフを、また聞くとは思っていなかった薫は、ウーリーの言葉がシリルの時ほど響かなかったことに驚く。愛してくれるというのは同じなのに、どうして困るという感情しかないのだろう?
そしてそう言われて薫が思い浮かべたのは、やはりエヴァンだ。
「あ、あ、あのっ、ウーリーさんっ……」
また唇を寄せてきたウーリーを、薫は止める。そして、ハッキリと断ろうとした、その時。
「そこで何をしてるんです?」
聞き覚えのある声がして振り返ると、やはり感情が読めない表情の、エヴァンがいた。
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