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第31話 告白
「薫、帰りますよ」
少し離れたところから、エヴァンがそう言ってくる。薫は話の途中だし、とウーリーを見ると、彼は薫の頭をよしよしと撫でた。
「返事、いつでもいいから」
「……分かりました……」
エヴァンの前でそういう話はしないでほしい、と思いながらも立ち上がると、先に歩き出したエヴァンについて行く。
彼の足は早かった。まるでついてこないと容赦なく置いていくとでも言うように、長い足でさっさと歩いていく。その間も無言で、薫は不安で泣きそうになりながらも、小走りでついていった。
やがて二人の今の住まいに着くと、エヴァンはまた無言で湯浴みの準備を始める。
ここはウーリーが用意してくれた一軒家だ。小さいけれど、それぞれの寝室と、キッチンとダイニング、外には井戸もある。
エヴァンは火をおこし、お湯を沸かし始めた。薫は耐えきれなくなって、声を掛ける。
「あの、エヴァンさん……」
「何です?」
やはり感情が読めない声。彼はかまどの方を向いていて、こちらを見ない。
「何か、怒ってます?」
「私が? どうして?」
そんな言い方をされたら、薫は黙るしかない。何でもないです、と呟いて、ダイニングテーブルの椅子に座った。
ここのところ、彼はずっとこんな感じだ。薫が想いを自覚して、いざそれを伝えようとしても、この様子じゃ伝えにくい。
「薫」
エヴァンに呼ばれて彼を見ると、やはりかまどを見たまま彼は話す。
「私は、クリュメエナに戻ります」
「えっ?」
エヴァンはそのまま、「私の祖国ですので」と言った。
それもそうか、と薫は思う。エヴァンも好きで国を出た訳じゃないし、これまで薫を逃がすために付き合ってくれていたのだ。ずっと一緒にいると思っていたのは、薫だけだったか、と悲しくなり目頭が熱くなる。
パチン、と薪が爆ぜた。前にも、火を前に二人で黙ってしまったことがあったな、と薫は拳を握る。
想いを伝えるのは、今しかない。思い切って口を開いた。
「エヴァンさん、僕、エヴァンさんのことが……すすす、好きなんです……っ」
顔が一気に熱くなる。心臓が痛いほど大きく脈打ち、吐く息が震えた。
しかし、エヴァンは微動だにせず、火を見ている。
「薫」
高めの、静かな声が薫を呼んだ。
「それは、……勘違いですよ」
「……っ」
エヴァンは立ち上がり、薫の方へ身体を向ける。長い薄紫色の髪が揺れ、彼は苦笑した。
「私はあくまで自分の罪滅ぼしのため……巻き込んでしまったから、貴方を守ったに過ぎません」
吊り橋を一緒に渡ったから、怖い思いをした時に私がいたから、私のことが気になるだけですよ、とエヴァンは取り合わない。
涙が、あっという間に視界を滲ませ、落ちていく。
「そんな……どうして……」
「薫、貴方はもう自由の身です。ここで働くもよし、もっと居心地のいい場所を探すのもよいでしょう」
そんな、と薫は絶望した。薫がいたいのはエヴァンのそばで、居心地がいいのはエヴァンの腕の中だ。逃亡生活のせいで勘違いしていると言うのなら、どうして今もなお、エヴァンの胸に飛び込みたいと思うのだろう?
薫は足を踏み出した。とすん、と音がして、薫はエヴァンの背中に腕を回す。
「……どうして……っ」
自分の言う言葉を信じてくれないのか。薫は堪らず声を上げて泣く。
「ずっと、エヴァンさんだけが僕を見てくれていた! それに気づいた時、嬉しいって……! そこから好きになるのはおかしいですか!?」
グッと、薫はエヴァンの背中の服を握った。するとエヴァンは薫の肩を掴み、引き剥がす。
「貴方は前世のこともあって、愛に飢えていただけです。少し優しくされて、舞い上がってそのまま……」
「勘違いなら勘違いでもいいです! 僕はエヴァンさんが好き! そばにいたいんです!」
薫はエヴァンの目を真っ直ぐ見た。薄紫色の瞳はやはり感情が読めなくて、怯みそうになるけれど、逸らさずにじっと見つめる。
視線を先に逸らしたのは、エヴァンだ。
「湯が沸きましたね」
「エヴァンさん!」
離れていくエヴァンを呼び止めるけれど、彼は何事もなかったかのようにお湯を持って浴室に向かう。
「……っ」
どうしてなかったことにするのだろう? せっかく勇気を振り絞って想いを伝えたのに、勘違いだと……愛に飢えていたせいだと言われた。
そうだ、この世界に転生したなら、愛される人生をと思っていたのに、やはりここでもそれは叶わないのだろうか。
(僕の今世も……)
好きな人に愛されることは、叶わないのか。
「……っ、うぅっ」
涙がまた溢れた。前世の母も、父も、妹も、自分を見て欲しかった。級友でも先生でも、いじめられている自分を気にかけて欲しかった。
前世に比べれば、この世界のひとは優しい。けれどやはり、一番愛して欲しいひとは自分を見ていない。
薫は涙を袖で拭きながら、自室に向かう。
こんなことなら、ロレットに殺された方が、まだマシだった。シリルにベルと呼ばれながら、抱かれた方が良かったのかもしれない。
死んだように生きていた方が、よっぽど楽だ。
薫はベッドに倒れ込み、嗚咽を布団で塞ぐ。
こんなことなら、好きにならなければよかった、と薫は疲れるまで泣いた。
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