「It's blurry」 サンフランシスコに来て、基盤を作り何とか軌道に乗ってきている。悠との生活もリズムを作り余裕が出てきたように感じられていた。 順調だ…サンフランシスコはいつも晴れ。仕事は忙しく会社は上場。そして悠はいつもかわいい。言うことなしだ。 「会社をさ、サンフランシスコに移してからまた大きくなったろ？それで、悠と一緒にこっちで暮らせてさ、俺は本当に恵まれてる。言うことなしです！はい！」 「ちょっと…急に大きな声出さないでください。溢しそうになりましたよ。チッ」 長谷川の車で帰宅途中だった。帰り道、フライドチキンにフレンチフライ、それとウーピーパイを買ってきた。隣にいる長谷川にテイクアウトのコーヒーを渡してやったのに、舌打ちをしやがる。 「いいじゃねぇかよ…車の中だし。周りに誰もいないだろ？俺の溢れるばかりの気持ちをさ、大いに語ってもいいじゃん。皆の者、よく聞きなさい！俺は幸せだ！そして悠はかわいい！That’s amazing！」 「あーはいはい…わかりました。ですね」 「あれ？長谷川？どうした、余裕ありそうだな。最近、ちょっと丸くなってきてないか？なになに、なんかあった？あればすぐに教えろよ？なっ」 以前に比べて少しだけ長谷川が優しくなっているような気がする。少しだけなので気のせいかと思えるくらいのものだが、長い付き合いなので何となくわかる。長谷川もサンフランシスコの気候が合っているのだろうか。 何かあれば教えろよと伝えるも、長谷川からは無視をされている。その後もしつこく聞いてみるも、ずっと無視をされ続けている。俺も相当しつこいが、長谷川の無視できるメンタルも大したもんだと思う。 「ほら、もう到着しますから」 車の中でぎゃあぎゃあと長谷川にちょっかいかけているうちに家に到着した。 悠は、家の中の一部を事務所にしているので、そこで毎日、悠とアシスタントの松坂リアムは一緒に仕事をしていた。 フライドチキンを片手に部屋をノックして入っていく。 「サプラーイズ！悠、ただいま。フライドチキンだよ…げっ！どうした、危ない！」 部屋に入ると椅子の上に立っている悠がいた。その隣には、悠が乗っている椅子をおさえているアシスタントのリアムがオロオロとしている。 「あっ！エド、おかえりなさい。ああ、もうそんな時間なんだ」 不安定な格好で立ち上がる悠は、椅子の上から乙幡にニッコリ笑いかけている。乙幡が近寄り悠を椅子の上から下ろした。 「なに？どうした？なんでこんなとこに立って…」 「あ、あ、あ、あの…悠さんが写真を…」 どうしたんだと問いただす乙幡に、リアムが必死になり口を開く。 「エド！おかえりなさい。うわぁフライドチキン？えっ？あそこのフライドチキンだよね？うわぁ、好き」 「だろ？悠、好きだよなって思ってさ買ってきたんだ。あとね、ウーピーパイもあるよ。お腹すいた？食べようか」 悠が喜んでいるので、ダイニングに行って食べようと誘うと「ちょっと待て」と長谷川から声がかかった。 「悠さん、椅子の上に立って何をしてたんですか。椅子は座るものでそこの上に立ち上がるものではありません。しかも、リアムに補助をさせて。危ないじゃないですか、さっきつま先立ちでしたよね？二人で倒れたらどうするんです」 「あ、あ、あの、長谷川さん。悠さんは、写真を撮ろうとして…それが上手く出来なくて、ちょっとずつ離れていって、その」 長谷川の冷たい物言いにリアムが弁解を兼ねて答えている。 「リアムはいいから…」 長谷川は、駆け寄り説明するリアムには、何故か冷たくしないようだ。 テーブルの上に雑誌が置いてあった。悠はそれを自身のスマホで撮影しようとしたが、ボヤけたり、光が入ったり、撮影している自分の影が写り込んだりして上手く撮れない。だから少しずつ離れていって、最終的に椅子の上に立ち上がってしまったようだ。 悠は相変わらず、スマホの使い方が下手である。電話をかけたり、メッセージを送ることはできるが、スマホで写真を撮るセンスが皆無だった。これはもうどうしようもない。本人のスキルの問題である。スマホが悪いわけではない。 「で…何を撮影しようとしてた？俺が撮ってあげようか？」 そうだ。悠じゃなくて他の者が撮ればいい。そう思い、乙幡は悠に提案した。 「だ、だめ！これはダメ！」 「えっ！えーっ…」 ショックである。悠が凄い勢いでテーブルの上にあった雑誌を抱え込んでいる。その雑誌の何かを写真に撮っていたようだが『だめ！』と言われ、何を撮影していたのか内緒にされてしまい、乙幡の気分は急降下だ。 「ああ、それ、この前乙幡さんがインタビューされた記事が載ってる雑誌ですよね。だから、乙幡さんの写真を撮影しようとしてたんでしょう。なんでしょう…毎回、悠さんは乙幡さんが雑誌に載ると写真を撮りたがりますね。どうせ、わーカッコいい、エドの写真撮って待ち受けにしよう…とでも思ってたんだと思いますけど、そろそろその遊びも飽きてくれませんか」 冷ややかな目で長谷川に見られる。 わーカッコいい…と長谷川が悠の口調を棒読みで言った時、悠と乙幡は同時に寒気がしたようで、二人でビクッとしてしまった。 「…悠？そうなの？俺のインタビューの記事を撮ろうとしてた？」 恐る恐る聞いてみると、真っ赤になっている悠は頷いている。一緒に暮らして随分と経つのに相変わらずかわいらしい。ここがベッドルームだったら確実に押し倒している。 「…リアム、帰ろう。フライドチキン買ってきたから、家に帰って食べるぞ」 リアムは家のトラブルで、最近長谷川の家でルームシェアをしていた。そのリアムに帰り支度を急がせ、さっさと帰ってしまった。 帰り際に長谷川から「怪我をするような行為は避けるように」とやんわり悠は、注意をされていた。 「ゆーう？おいで？フライドチキン食べよう。ビールも飲もうか」 「エド…ごめんね。まだスマホの写真と格闘してて…全然成長できない。これからも成長する気配もない。もう…呆れちゃうけど、仕方ないのかも」 「い、いやぁ…ま、いいんじゃない？俺はさ、嬉しいよ？だって、俺の写真を撮ろうとして椅子の上につま先立ちしてたんだろ？だけど、本当に危ないから、気をつけて。で…？撮った写真って見せてくれる？」 「えーっ、やだぁ」 やだぁ…なんて、かわいく言われたらあの手この手を使って見たくなるのは仕方がないことだ。 「うんうん。大丈夫だよ。ほら、もしさ、上手く出来ないならアドバイスもするよ？ねっ？」 と、言い聞かせている。 渋々、悠はスマホの写真保存先を開いているので、横目で確認してみた。 目がまわるとはこのことだろう… 悠はあらゆるものをスマホで撮り、写真フォルダに保存していた。朝食や夕食など日々の食事、デートで行ったレストラン、乙幡の寝顔、後ろ姿、などだ。 それらは二重に見えたり、ボヤけたり、ブレたり、枠からはみ出したり、別のものが写ってたりしていた。どれを見ても、クルクルと目が回ってしまうような写真だった。 しかも悠は、スマホの連写機能を使い撮影している。最近、連写することを覚えたようだ。だけど、被写体は動かないものだから、連写した写真全て同じであるから、連写の意味はないようだ。それも含めて保存した写真はかなりの量があった。誰が教えたんだ！連写機能を！ 「…ねぇ、なんか言ってよ。ほら、これなんかさどお？これはエドだよ？こっちはさ…あっリアムくんだ」 「ふ、ふーん。へ、へぇ…」 「さっき撮ってたやつはこれ。かなり上から撮らないと全部入らなくてさ、大変だった。それにどうしても自分の影が入っちゃう。ほら、見て？立って撮ったら全身の影が入っちゃうの。雑誌を抑えてるリアムくんの指も入っちゃうからさ、これって何とか出来ないかな…手を離した一瞬で撮ろうとするとブレちゃうし。結構大変だったんだよ。その中でも、見て！これが一番いいかな。ねっ！」 一番いいといっている写真を見ると、雑誌の端を抑えているリアムの指にピントが合っていた。連写した中の一枚だ。それを悠は、奇跡の一枚のように言っている。 「これ…かぁ。これ待ち受けにするの？」 「うん、まぁこれが一番上手くいったし？このインタビュー中のエドが凛々しくて、カッコいいでしょ。カメラマンはいい仕事するよね本当に！」 悠が喜んでるからいいかと、乙幡も頷いた。うんうん、いいだろう。リアムの指がキレイに写っているけど、それはそれでほら、なんていうか…なんて言うんだろう。 「今日はもう仕事終わりだよね？」 この時間だし、リアムと二人で仕事以外の写真撮影をしていたので仕事は終わりだと思ったが乙幡は悠に改めて尋ねた。 「そうだよ。もう終わり」 ふふふと、笑いかけている悠が本当に愛おしい。 「じゃあさ、ベッドルーム連れてっちゃうよ？そしたら俺が写真上手く撮ってあげるからね。そうだ！そしたら俺はそれを待ち受けにしよっと」 「ええーっ、本当に？教えて！」 サンフランシスコでこんなに楽しく過ごせるなんてと、乙幡は感動しながら悠をベッドルームまで連れていった。 ベッドルームで乙幡は、二人の姿を自撮りした。翌日、長谷川に自慢をしたが相変わらず無視をされていた。