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第60話 番外編
___fr!?___
所要時間は、1〜2時間と聞いている。
まあ、それくらいならいいかと思い頷いた。それと、何も持たずに身一つで来てくれればいいし、機嫌悪そうにしてくれれば尚更いいという条件だった。
確か『黒騎士』という名前だったなと、言われたことを思い出す。仕事じゃないからいちいち覚える必要はないが、一度言われたことを覚えてしまうのは仕事柄だった。
『チッ、面倒くせぇ』と心の中で思うが、ニコニコとした面で待ち合わせ場所へと向かった。ポーカーフェイスと心にもないことを言うのは得意だ。
乙幡はアメリカにひと足先に行っている。それは心底良かったと思っていた。こんな所、見られたらずっと絡まれてうざったいはずだ。あの人はたまに子供のように無駄に絡んでくるから厄介だと思っている。
「長谷川さん!ここです!」
水城に声をかけられた。今日はゲーム会社の一大イベントがあるという。今日ここで長谷川は『黒騎士』というコスプレをするらしい。
黒騎士は水城曰く、今一番盛り上がっているゲームの中のキャラクターだと言う。黒の他に赤、白、緑とキャラクターがいる。そのゲーム会社に頼まれてキャラクターのコスプレをするというのだ。
水城はその中の赤の女王のコスプレをやり、長谷川は黒騎士となる。ちなみに騎士は他にもいるが、その中では黒が一番の権力者で、一番冷酷なんだとか。
「ここで着替えるんですよ〜。楽しみですね。長谷川さんはそのままで十分なんです。いや…本当、ありがとうございます!」
水城が長谷川に90度のお辞儀をした。
「黙って立ってればいいんですよね?水城さんをエスコートする感じでいいんでしょうか?」
「はい!もう、それはそれで充分です!
黒騎士は冷酷なキャラなんで、めっちゃ不機嫌にしてて問題ありません!あ、でも写真撮影OKなイベントなので、写真は撮られちゃいますけど…大丈夫ですよ!」
コスプレの衣装はゲーム会社が揃えていた。長谷川は細身であるが、脱ぐと案外体格はよく、胸板も結構厚い。無事に衣装が入ればいいがと願っている。
水城の他にもたくさんの人が長谷川の着替えとヘアセットなどを手伝っている。本人は何もせず、ただ座っているだけだ。
「すごい…水城、見て。そのまんま黒騎士になるよ。ヘアスタイルも前髪が長めだから、ザッと流すだけでいいよね?クールな感じになるし」
今日はプライベートなのでヘアスタイルも何もセットしていない。何でも好きにやってくれと長谷川は思いジッとしている。
そんな長谷川の心中はもちろん知らず、水城のコスプレ仲間が周りで騒いでいた。長谷川は早く終わんねぇかなと、内心うんざりしている。
「あの…このコンタクトレンズだけ入れてもらっていいですか?」
「いいですよ」
咄嗟にいつもの営業スマイルが出てしまう。乙幡の面倒を見ているので、いつも周りに気を使い営業スマイルが出てしまうのだった。
青のコンタクトレンズを入れて、長谷川のコスプレは完了した。黒騎士というだけあって、全身黒の衣装だ。マントもついている。似合ってるのかどうかは本人ではわからず、ふーんって感じで鏡に写っている自分を見ていた。
後は水城とその他の支度を待ち、ゲーム会社の前に突っ立ってれば終了するという。
「すごい…ねえ、見てすごい!そのまんまだよ。あの写真の人でしょ」
まだ控え室だが、周りに人がどんどん増えていく。何故、自分を知ってるのかと聞くと、乙幡が水城に送った長谷川の写真が出回っていると知った。余計なことをしやがって、サンフランシスコに到着したらまた乙幡に仕返ししてやろうと、長谷川は心に誓う。
「長谷川さん出来ました?案外体格いいですね。衣装がパンパンでそれがまたエロくていいです!」
水城に言われ、『エロくて』ってなんだよと、また心の中でうんざりしていた。
ゲーム会社の前に水城達と移動した。長谷川は何となく、水城をエスコートするポーズをしてみたり、面倒くせぇなと思った顔で周りを見ているだけで、やたらと黄色い声が上がった。
隣の水城を見ると、ものすごい挑発的なポーズを取っていてドン引きする。
キャラクター達が自由に動き回る時間がきた。周りの人と写真撮影をしたり、適当に好きなことをしていいという。
ふと目の端に動く人を見た。緑の騎士と呼ばれているようだ。小柄なので女性かと思ったら、若い男性だった。長谷川と同じく初めてのコスプレなのか、それとも演技なのか、やたらキョロキョロとして落ち着きがない。
「おい!ぶつかるぞ」
咄嗟に長谷川が緑の騎士に声をかけ、手を差し伸べてしまった。そうしないと、そいつが後ろにある音響ブースにぶつかりそうだったからだ。
「あ、ありがとうございます」
なんだこいつ?と思ったが、いつもの営業スマイルで、大丈夫ですか?と聞いた。
威圧的に感じたのか、余計に緑の騎士はオドオドとした態度になってしまい、また別のブースにぶつかりそうになっている。
「あ、あ、すいません。何かどうしていいかわからなくて…緊張しちゃって」
長谷川はまたチッと心の中で舌打ちしたが、そいつを抱き抱えてブースの真ん中まで来てやった。そうしないとまたどこかにぶつかってしまいそうだったからだ。
その一部始終を多くの人が見ていたようで、最大級の黄色い声とシャッター音が鳴り響いた。
「やばやばやば。黒と緑が!尊い」
「推しカプだよ。ありがたい!」
「黒騎士やば。そのまんまじゃん」
『なんだ?これ』という気持ちと、イライラする気持ちから長谷川は、緑の騎士に絡むことにした。こういうところが長谷川にはある。それは自分でわかっている。
頭に肘を乗せてみたり、お姫様抱っこしてみたりと、緑の騎士に色々とちょっかいをかける度に人が多く集まってくる。あまりに反響が凄くて写真撮影に規制がかかってしまったため、長谷川の出番は終了となった。
「長谷川さん!今日は本当にありがとうございました。いいもの見せてもらいました。また是非お願いします」
水城とゲーム会社の人を始めたくさんの人からお礼の言葉をもらい帰宅となる。
もう自分は日本を離れるし、ネットに写真が出回っても関係ないだろうと思っていた。
その夜、乙幡からメッセージが届く。
「お前、見たぞ。すごいな、よっ黒騎士」
と、書かれていた。ご丁寧に長谷川の黒騎士の写真まで送ってくれている。
メッセージを無視していると、「なんだよ返事しろよ」とか「悠が喜んでた」など延々とメッセージが続いた。
仕方がないので「もうそろそろいいでしょうか」と返事をしたら「悠が見たいって言うから、黒騎士になってサンフランシスコに来いよ、待ってるな」というメッセージと『ウケる』というスタンプが送られてきて、ものすごくイラついた。
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羽田空港からサンフランシスコ直行便に乗り、ようやく出発することになった。乙幡と違い、日本での後処理がたくさんあるから、ギリギリまで忙しく動き回ることになった。
サンフランシスコでは、またあの人達と一緒かと思うと、うんざりもするが、楽しみでもある。長谷川は、結構悠を気に入っていた。乙幡を上手くコントロールし、また腑抜けに出来るのは、悠しかいないと思っている。
長谷川はビジネスシートに着席し、フライト中に確認しようとしている仕事を思い浮かべていると、機内でザワザワとした気配を感じた。
「大変申し訳ございませんでした。ダブルブッキングなので、こちらのお席をお使いください」
「え、え?でも僕、追加でお支払い出来ませんよ」
「大丈夫です。追加費用はかかりません。お食事もこちらのクラスと同じものをご提供いたしますのでご安心ください」
ああ、ラッキーな奴がいたなと思っていた。旅行会社等の手違いで座席のダブルブッキングはよくあることだ。エコノミーの客が溢れビジネスに来るんだなと、思っていたら隣の席に着席した。
ビジネスクラスなので座席に区切りがある。ピッタリとくっついてはいないが、何となく顔を見ることは出来る。どんな奴なのかと見ていると目があった。
「あっ!黒騎士さま!」
「緑の奴か?お前…運がいいんだな」
この前のイベントで会った緑の騎士が、ちょこんとビジネスシートに座っていた。
仕方なく、サンフランシスコまでのフライト中、自己紹介をし話をすることになった。
緑の騎士は、松坂リアム。日本とアメリカのハーフだと言う。大学生かなと思ったが社会人だった。デザイン事務所で働いていたが、そこを退職してサンフランシスコの自宅に帰ると言っていた。
「憧れの人のところで、今度働けることになったんです。だからサンフランシスコに帰るのも楽しみなんですよ」と、言っていた。
「なんであんなイベント出てたんだ?コスプレが趣味なのか?」
「違います。コスプレも初めてでした。実は…ちょっとした手違いで日本で住んでいた家を出されてしまったんです。だけど、あのイベントの主催の方が出国するまで面倒みてくれて…だから恩返しでコスプレのお手伝いをしてました。でもあのゲーム知ってたし、楽しみにしてたんです。黒騎士さまにはご迷惑をおかけしましたが…」
「お前さ、黒騎士って呼ぶのやめろよ」
拷問かよって呟く。よくも恥ずかしくもなく、黒騎士と呼びやがってとイラつく。
「すいません、長谷川さんですね。でも、黒騎士は凄くかっこよかったです」
へへへと笑っている。笑うと仔犬みたいでちょっと可愛いと思った。
サンフランシスコまでのフライトは、リアムのおかげで退屈はせず、あっという間に到着した。ま、元気で頑張れよと言い、空港で別れた。
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自宅の片付けも終わり、乙幡と悠が住んでいる家に招待された。乙幡は「悠がお前が来るからって張り切って食事作ってるぞ」と言うので、ワインを手土産にする。
自宅を訪ねると先客がいるようだった。
「あっ!長谷川さん、お久しぶりです。
今日は僕のアシスタントも来てるんです。紹介しますね」
悠は相変わらずだ。元気そうでよかった。
乙幡も隣でデレデレであり、相変わらずだった。あの調子じゃ、またしつこくしてるだろうなとも思った。
奥から小柄な人が出てくる。女性かなと思ったが、若い男性だった。
その男性が驚いたように口を開いた。
「あっ!黒騎士さま!」
「お前…本当、運がいいよな…」
乙幡だけが笑いを堪えて、携帯を長谷川に向け写真を撮っていた。
end
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