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第9話

「これ、煜瑾ちゃん!」  リビングのソファに戻り、煜瑾は包夫人に寄り添うようにして大人しくしていたが、ふと気付いてテーブルの上の夫人手作りのブラウニーに手を伸ばそうとした。  それを素早く制された煜瑾は、ビクリとして手を止める。 「もうすぐお昼御飯ですよ。今はいつもの煜瑾ちゃんではなく、お腹が小さいのだから、そのブラウニーを食べたら、お母さまの美味しいオムライスが食べられませんよ」 「オムライス!」  大好きなブラウニーを食べてはいけないと言われて、しょんぼりしていた煜瑾が、オムライスと聞いて顔を上げて、キラキラした目で恭安楽を見つめる。 「おかあしゃまが、煜瑾に、オムライスを作ってあげるのでしゅか?」 「そうですよ」  カワイイ煜瑾に、包夫人はメロメロだが、文維は冷静にあることに気付いた。 「煜瑾?」  厳しい顔で呼びかけた文維を、煜瑾は不思議そうに見上げる。 「なあに、文維おにいちゃま?」  文維はジッと煜瑾の表情を観察している。 「ちょっと、何ですか、文維。そんな顔をしていたら、煜瑾ちゃんが怖がるじゃないの」  心配になった恭安楽は、無邪気な3歳児を怯えさせないようにしっかりと抱きかかえた。 「煜瑾?私が誰か分かりますか?」 「もう、文維ったら、何をバカなことを…」  呆れたように包夫人は笑い飛ばそうとした。だが、文維は厳しい顔つきだ。 「文維おにいちゃまでしょう?」 「え?煜瑾ちゃん?」  不安そうに包夫人に寄り添う煜瑾が、何の迷いもなく素直に答えたのだが、その違和感にようやく包夫人も気付いた。 「おかあしゃま~ぁ、煜瑾は、早くオムライスが食べたいでしゅ~」  幼い煜瑾は不満そうにそう言って、恭安楽の腕を両手で掴んで揺さぶった。子供らしい甘えた仕草だが、もう包夫人も笑ってはいられない。 「確実に、見た目だけではなく、煜瑾の精神までもが退行を始めています」  冷静に分析を下し、文維は絶望的な顔をして両手で頭を抱えた。

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