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第1話

「ああ、もうアイリス。お片付けして」  使い捨ての入れ物につめた弁当を発砲スチロールの箱いっぱいに並べて蓋を閉める。大きなタッパーに入れたおかずは別の箱に入れた。  六畳ほどしかないダイニングキッチンは、ハウディの作業場も兼ねている。テーブルの上を片付けて、奥の部屋でぬいぐるみを散らかしているアイリスに声をかける。 「はぁーい」  専用のおもちゃ箱にぬいぐるみを入れて、アイリスが立ち上がる。手招きして呼び寄せ、着替えを手伝う。ハウディと同じふわふわとした色素の薄いくせ毛を二つにわけて結い、「いいよ」と言ったら、アイリスがその場でくるくると回った。 「かわいくなった?」 「うんうん。可愛い。じゃあ、行こうか」  発泡スチロールの箱を台車に数個載せ、斜めがけの鞄を持ってアパートを出る。行先は駐車場だ。  羊の獣人であるハウディが住んでいるのは、草食獣人の居住エリアの中ではあまり治安がよくないところだ。小さな子供がいる親は住みたがらない場所である。  獣人には、ハウディのような草食獣人と、トラやライオンのような肉食獣人がいる。安全のため、互いの住む場所はエリア分けされているのだけれど、行き来できないわけではない。  エリアごとに道路を整備したり、通信や交通などの生活環境を整えたりしているが、すべての地区が完全に整備されているのかというとそうではない。草食エリアは草食エリアで、肉食エリアは肉食エリアで、中心部から整備していったのだろう。郊外というか中心部まで遠いところはまだ、アスファルトのないところもある。ガラガラとタイヤが小石を跳ねる音がする。ハウディが住んでいるところは、そういう場所だ。  ハウディは昔からこのあたりに住んでいる。整備が整っていない分、家賃も安い。  ――ほんとはもうちょっといいとこに住みたいけど、贅沢は言ってられないよな。  ハウディには、五つ上の姉が一人いた。両親を早くに亡くしてしまい、兄弟二人きりだったのけれど、姉がハウディの親代わりをしてくれていたのだ。けれど、その姉も二年前、病気で亡くなってしまった。  アイリスは、姉が一人で産んで育てていた子だ。姉がいなくなった今、ハウディの家族はアイリスだけで、アイリスにとってもハウディだけだ。  治安が悪いのはわかっているが、子供がいると働く時間も場所も制限される。アイリスを保育園に入れてやれるほど稼ぐことは、二十二のハウディには難しい。  ――でも、僕にはこれがあるし……。頑張んないと。  姉が残してくれた古びたワゴン。「移動式の弁当販売なら、アイリスを連れていけるから」と姉が中古で購入した車だ。物が置いてある狭い車内で過ごさせるのはかわいそうだと思うが、自宅に一人残していくわけにもいかない。 「アイリス、着いたよ」  草食エリアにあるオフィス街の一角。決められた区画に車を止める。販売をはじめたら離れにくくなるから、先にアイリスをトイレに連れて行った。ついでに自分自身も用をたして、車に戻る。  車の前に簡易のテーブルを設置して、パラソルと看板を立て、開店を待った。  オフィス街だから、十一時頃から十三時半くらいまでの二時間程度で販売時間は終わる。一番忙しいのは十二時から十三時の一時間だ。 「ねえ、ハーちゃん。お客さん、いっぱい来るといいね」 「そうだね。いっぱい売れたら、帰りにおやつを買って帰ろうか」  ――ほんと。一個でも多く売らないと。

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