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story 1-3
【もう少し考える】
(くそ、選べねぇ……こんなに悩むのは生まれて初めてだ)
不仰は深呼吸をして頭を冷やすと、己の叶えたいことを確認した。この男を、まず───辱める。そして自分に恥をかかせたこの男が、無様に自分の言いなりになっている姿を、兄弟たちに見せてやりたい。自分に出来ないことはないのだと証明してやりたい。そのためには、どう行動するのが最善だろうか。
…………。
───そうか。こいつが嫌だということを、聞き出せばいい!
綺羅星のように突如降ってきた天才的な閃きに自分自身で感動しながら、不仰は旅人に尋ねた。
「お……お前は、お前は何をされるのが一番嫌なんだ!?」
「?」
「なんか、あるだろ!されたくないことくらい。男に触られるのが嫌だとか、大勢に笑われるのが嫌だとか……」
「思い浮かばない」
「もうちょっと考えろ!!!!!」
「……この身体には未練がない。触ろうが笑おうが、好きにしたらいい」
「クソッッッ!!!!」
あまりにも鮮やかにすり抜けていく旅人に、不仰は僅かな快感すら覚えた。持久戦なら自信がある。いっそ精魂尽き果てるまで追い回してやろうか。
(いや、待てよ? そうか……暫く待てばデカ乳状態になるっつってたな。とりあえず待って、あの胸を好きなだけ弄んでやって───そうだ。パイズリさせてやればいい!それならチンポをしゃぶらせてやれる上にあのバカみてぇな巨乳も楽しめるぞ。……完璧だ)
まさに、一挙両得!冷静で賢すぎる自分に、思わず笑みが溢れる。わははと大きく笑ったあと、不仰は旅人を指差し、宣言した。
「分かった。お前の身体が変わるまで待っといてやるよ!」
「そうか」
「その後は……たっぷりいたぶってやるからな。そうして涼しい顔してられんのも今だけだぞ!!」
「そうか」
手応えのない反応に舌打ちをすると、不仰は地べたに寝転がった。暫し静寂が訪れたが、羽虫を何度か仕留めていると、見かねた旅人が不仰へ声をかける。
「この部屋は蚊が多い。寝るならこちらへ」
「……………」
男から添い寝の誘いがかかるのなんて、生まれて初めてのことである。あまりにも珍妙な展開に困惑したが、蚊帳の中で寝た方が快適なのは確かだ。
不仰は旅人の隣で、横になる。部屋は再びしんと静まり返る。
───何がどうして、仕返ししてやると心に決めた者の隣に、寝転んでいるのか。
奇妙な状況の中、不仰はふと気になったことを呟いた。
「つーかお前はなんでそんな意味不明な身体になってんだよ」
旅人は少し考えたあと、短い言葉で答えた。
「……弟子を、救った。それでこうなった」
「はぁ??」
「弟子が一人いたが、命を落としかけていた。そやつを救おうと、私は己の持てる気を全て注いだ。弟子は一命を取り留めたが、私の気は殆ど残らなかった。それで今は肉体を維持するのに苦労をしている」
旅人の冷静沈着な物言いに、本当に苦労を感じているのか?と突っ込みを入れかけたが、やめた。それよりも、一見他人など眼中になさそうなこの男が身体を犠牲にするほどの弟子というのが、一体どんな奴なのかと気になった。
「そんで、その弟子は……今は?」
「面倒な性格になった」
「いや、そういうことを聞いてんじゃねーよ。気を全部捧げるほど大事な弟子だったんだろ?そいつは今どこで何してんだ」
「さぁ」
「さぁって………」
「別にそやつが大切だからそうしたのではない。治療が可能か不可能か、私が知りたかったからそうしただけだ」
つくづく江湖人というのは理解できない、と不仰は思った。こうして一対一で会話をしていても、共感できる要素が微塵も湧いてこない。
「寝ないと死ぬので、もう寝る」
「あ? あ、あぁ…………」
結局この日、不仰はたった一人の江湖人に翻弄されっぱなしだった。しかし彼が覚えた怒りや焦燥感といった諸々は、入眠時には不思議と姿を消していた。
眠気が取って代わったのか、或いは。
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朝。旅人と同じ床で夜を明かした不仰は、隣の人物がまだ寝ていることに気付き、がばっと上体を起こした。視界に入ったのは───紛れもなく、渇望していたあの巨乳である!
「うぉ……本当に……なってやがる……!」
ごくりと生唾を飲んだあと、寝ている旅人の胸元へ、恐る恐る手を伸ばす。肉欲を掻き立ててくる大きなそれは、不仰の指先が沈み込むのを悠揚と受け入れた。はじけるような弾力ではなく、しっとりと吸い付き、包み込んでくるような感触。ぎこちない手つきで何度か揉むうちに、不仰の心にある欲望が芽生える。この身体に受け入れられたい、という欲。
旅人の身体に覆いかぶさり、胸の先端を口に含む。初めは舌先を使った愛撫に留めていたが、旅人からの反応が全くないと分かると、恥も外聞も捨て、赤子に戻ったかのように一心不乱にじゅるじゅると吸い始めた。
「………❤︎❤︎❤︎………❤︎❤︎………」
豊かな胸に思う存分吸い付ける幸福。こんなことをしていても誰にも知られないし、誰にも笑われない。夢のような時間だ。
不仰の行為は次第に激化した。ちゅぱ、ちゅぱっ、と吸っては離れてを何度も繰り返し───かと思えば、胸の谷間に頭を埋め左右に振り、仄かな芳香を満喫した。そして気取った男がするような情熱的な口づけの嵐を、両胸に満遍なく浴びせ───また乳首を吸う行為へと戻る。
心が満たされているのを知ってか知らずか、男の劣情が頭をもたげる。熱を帯び勃ち上がったそこは、肉欲も満たさせてくれと必死に主張しているようだった。
旅人は、目を覚ます気配がない。それならそれで都合がいい。
この身体のどこにぶち撒けてやろうか。胸か、顔か。あるいは下半身の穴に嵌め込んで、一滴残らず注いでやって───。
『……弟子を、救った。それでこの身体に……』
燃えるような妄想の最中、ふと昨晩聞いた言葉が蘇る。
「………………」
不仰は、旅人の白い肌に触れた。つい先程まで、この身体に受け入れられたという多幸感を味わっていたが、果たして本当にそうだろうか。
(こいつは全ての気をその弟子に捧げて……それで、こんな姿になったって言ってたな。…………)
急に心のどこかが空虚になった不仰は、この身体を使って肉欲を満たそうとするのをやめた。
自分は、誰かに己の全てを捧げようと思ったことはないし、当然思われたこともない。その弟子とやらは、この男の究極系とも言える奉仕を受けて、どのように感じたのだろう。
喜んだ?戸惑った?後悔した?満足した?
分からない。自分だったらどう感じるだろう。この男がもし、自分のために、全てを差し出そうとしてきたら───。
ぼんやりと物思いに耽っていると、ふいにあることに気が付く。
旅人の身体が、呼吸で上下していない。微動だにしないこの状態は……普通の人間の睡眠とは、明らかに異なる。
『肉体を維持するのに苦労をしている』
『寝ないと死ぬ』
不仰はまたも昨夜聞いた言葉を思い出した。
初対面で大真面目に股間を触らせてきた男だ。誇張や冗談などではなく、これらの発言は言葉そのままの意味である可能性が高い。
不安を覚えた彼は、思わず声をかける。
「おい………死んでんのか?」
横になって動かなかった男が、途端にばちっと瞼を開く。咄嗟に不仰は悲鳴を上げた。
「なんだ」
「な、な………なんだじゃねーよ!!……流石に死体に触りたくねぇから、一応確認しただけだ」
「生きている。好きなだけ触っていろ」
「…………お前は……………」
無断で触れている時に感じたえも言われぬ高揚感が、「触っていろ」とお墨付きを得たことで、完全に冷める。不仰は舌打ちし、先程まで愛でていた豊乳をぺちんと叩いた。
そして未だ「その気」になっている男根を旅人に見られないよう気を遣いながら、そそくさと厠へ向かった。男の胸で欲情したなどという不名誉な事実は、やはり隠しておきたかった。
厠に入った不仰は先程まで掌に吸い付いていた肌の感触を思い出し、じっくりと反芻しながら自身を慰めた。やがて白く濁った欲望を排泄し満足すると、何食わぬ顔で旅人のいる客間へ戻っていった。
旅人は身支度を終え、表へ出る準備をしていた。
「なんだ? もう行くのか」
「長く滞在する気はない」
「やべぇ奴にでも追われてんのか?」
「そんなところだ」
「ははっ、そりゃあいい!お前が追い込まれる様ってのを拝んでみたいもんだ」
「無関係の者を巻き込むわけにはいかない」
「待て」
笠を被ろうとした旅人の腕を掴み阻止すると、ほとんど無意識のうちに寝台へ押し倒した。この者との縁がここで切れるのは惜しく、まだ留めておきたいと思ったのだが、その理由までは分からない。
不仰は何かを誤魔化すように、揉みごたえのある胸元へと興味を移した。
「……もう少しだけ触らせろ」
その様子が駄々をこねる幼児の姿に見えたようで、旅人は微かに笑った。
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