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第71話:純喫茶「はな」

「どういうお店なんですか?」  俺は加藤さんと並んで歩きながら聞いてみた。 「イマドキの子が気に入るか、正直自信ないんだけど、凄く古い純喫茶なんだ。昭和情緒溢れる店でね。いわゆる『隠れ家』的な喫茶だよ」  先を歩く加藤さんに続いてしばらく歩き、 「ここの地下だよ」  と加藤さんが立ち止まったのは、雀荘が入った雑居ビルだったが、きちんと『喫茶 はな 地下』という看板と、営業時間などが書かれたパネルがあった。隣は駐車場のようだ。 「じゃあ降りようか」  相変わらず爽やかな笑顔で加藤さんは言って、地下に続く階段を下り始めた。後に続いて地下に降りると、これまたバブルっぽい派手な装飾を施されたガラス戸があって、閉まってはいたが、「営業中」と書かれたプレートがぶら下がっていた。ガラス戸越しから見えるだけでも、相当に古い、歴史ある店だと分かった。 「あ、俺一瞬メッセ返すから、先入ってて」  そう言って加藤さんがスマホを取り出したので、俺は頷いて、曇ったガラス戸を引いた。 「いらっしゃいませ」   ドアの右にあるレジに立っていた白髪の男性が、とても暖かい声をかけてくれた。 「おひとりさまですか?」 「あ、いえ、外に——」 「マスター、俺だよ」  加藤さんが入店してくると、白髪の、しかし背筋がぴしっとした男性は笑みをこぼし、 「なんだ、草介か。最近顔を見せないから、てっきり奥方とは上手くいってるんだと思ってたが?」 「ちょ、マスターそういうのは——!」  狼狽する加藤さんは新鮮だった。  時間帯のためか、地下一階は閑散としていた。二人で座れる席は幾つかあったが、 「マスター、今って下、空いてる?」  と加藤さんが問うた。 「今は誰もいないよ、勝手に降りな」  そう返された加藤さんは、 「ここ、地下二階まであるんだ。一階より古びた感じだろ? でも俺はシャンデリアやステンドグラスでデコレイトされた地下一階より下が好きでね」  と笑みを浮かべ、出入り口の奥にある階段に向かった。  俺には昭和のことは分からないけど、何だか古い映画かドラマを見ているような気分になった。  オーダーを済まして、アイスブレイキング的にしばし加藤さんと話していたらドリンクが運ばれてきた。 「乾杯は、ことが上手くいった時に取っておこうか」  加藤さんはそう言いアイスコーヒーを飲み始めた。  俺も、アイスロイヤルミルクティーを飲んだ。  え、何コレ超うめぇ。思わずストローをくわえて一気に半分くらい飲んでしまった。 「アルコールじゃないのが残念だけど、いい飲みっぷりだね」 「いや、これ本当に美味しくて、こう、茶葉と——」  茶葉とミルクのコンビネーションが絶妙で、と言ったつもりだったが、何だか様子がおかしかった。なんかふらふらする。声が、出ない。でも意識はしっかりとしていて、視覚にも支障はなかった。身体が動かせない。自重で俺はソファに倒れ込んだ。 「じゃ、マスター、いつも通りよろしく」  加藤さんの声はいつも通り爽やかだった。  

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