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第70話:リリシスト

 タクトから受け取っていた新曲のデモは二つあって、ひとつがミドルテンポの、俺のファルセットが入った穏やかな曲、もう一曲は、「これはもうヘヴィメタルなんじゃないか?」と思うくらいどのパートもギャンギャン鳴らし、しかも変拍子のケイオティックなものだった。  俺は躊躇なく、後者を選んだ。  ミドルテンポのラブソングなんて俺たちがやる必要もなく巷にあふれかえっている。それに、歌詞は『恋愛模様にも読めるけど、人間同士の根底的な絆』というカモフラージュを使う。流石の俺も、『愛してる』とか『I love you』なんて歌いたくなかった。  何より、この曲は俺のベースとアキラのドラムの絡みが肝のナンバーだ。  それから数時間、俺は何枚、何十枚ものルーズリーフに犠牲にして、どうしても英語にしたいところはAI翻訳を使って、深夜三時には歌詞を書き上げることができた。 ——これは須賀ユウではなく、須賀結斗が三津屋アキラに捧げる愛の歌だ。  疲労困憊の脳内で俺はそうつぶやき、ベッドに倒れ込んでそのまま寝てしまった。  翌朝、俺はスマホのメッセージではなく、通話の音で目を覚ました。  着替えも何もしていない状態だったが俺はスマホを手に取った。するとこう表示されていた。 「加藤草介」  俺は慌てて寝起きのボケた声にならないよう注意しながら応じた。 『やあ、よく眠れたかな?』 「あ、昨日はホントすみませんでした。若干寝不足ですが、マシになってます」 『それは良かった。でね、俺今日仕事が半日で終わるんだ。上大の近くだと誰かと会っちゃう可能性があるから、俺の行きつけの店に一緒に行けないかなって思って。俺も、「ファン第一号」として迷ったんだけど、須賀くんと三津屋くんのこと、もう少し聞けたら何か力になれないかなって思ってさ』  加藤さんは、本当にリアガンのことを考えてくれてると思った。だから快諾し、数時間後には、地元よりちょっと都会の大きな駅の改札の前で加藤さんを顔を合わせていた。

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