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秘色の屋敷 二
立場は相馬家の書生であっても、望にとっては師となるので、香寺と話すときは、父から敬語を使うように言われている。父に言われなくとも、望は、聡明で見栄えも仁や勇ほどの強烈な印象はもたないが、かなり整っている彼に敬意と好意を抱いていた。望は、とにかく美しい人、様子の良い人に魅かれるところがあるのだ。
(僕は、美しくない人は好きになれないな)
そんな不埒なことを考えていると、東京の親戚の少女を思い出す。
いとこの啓子 とは同じ十五歳で、子どもの頃から知っており、啓子の母である父の腹違いの妹となる叔母は、家にくるたびに、啓子との婚約をほのめかす。
(啓子と結婚なんて、冗談じゃない)
思い出して望はぞっとした。
ずんぐりした丸顔に面皰 を浮かべ、腫れぼったい目をした啓子は、どう見ても可愛いとは思えない。
叔母の母という人は新橋で有名な芸者で、祖父が落籍 して妾にして、のちに叔母が生まれたという。
出生はどうあれ、さすがは花柳界の名妓を母にもつだけあって叔母自身はなかなかの美人なのだが、気の毒に娘の啓子は太った下品な成金の父親に似てしまい、哀れなほどに不器量である。
妾腹という引け目があるせいか、叔母は本家の望に啓子を嫁がせることで、我が娘を未来の相馬伯爵夫人にしたいようだ。
今のところ父はうまく断っているようだが、もともと父と叔母は異母兄妹にしては仲が良く、そのうち叔母に押し切られてしまうのではないかと、望は今から心配してしまう。
こっそりと、勉強の合い間に香寺にこの悩みを打ち明け、笑われてしまったことがある。
「女性は顔ではないよ」
笑ってしまったのを悪いと思ったのか、香寺はコホン、と咳払いしてから告げた。
「それでも嫌ですよ。啓子と結婚するぐらいなら、まだ章一 と結婚します!」
章一というのは、啓子の二歳下の弟だが、こちらは幸いにも美人の母に似て、なかなかの美少年である。
父はよく冗談まじりに、あそこは男女が逆だったら良かったのにな、と大袈裟に嘆いてみせて母を苦笑させた。
(そんなことをおっしゃって……。啓ちゃんだって可愛いですわよ)
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