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雨夜の帰還 七

(雨のせいだ……眠れないのは。そう、雨が怖いから。叔父様のところへ行きたい)  雨音におびえて叔父の室を訪れれば……。言い分はたつ。  子どもあつかいされると嫌なくせに、こういうときは子どもになって、望は、怯えた幼児のふりをすることにした。  布団をはねのけ、望は深夜の闇へさまよい出た。  ひたひたと廊下をいそぐ望の姿は、古い屋敷にさまよう幼い幽霊のように傍目(はため)には見えたかもしれない。  寝巻の裾をひるがえし足を速め、幼い情欲の化身となって、望は目当ての室の襖のまえまで来ていた。  自分の心臓の音が聞こえそうなほどに興奮していた。  この襖一枚向こうに、勇と仁という、憧れてやまない二人がいるのだ。 (雨音が怖くて、眠れないのです……)  その言葉を心の内でくりかえして、望は恐る恐る、菊透(きくす)かしの引手に手をかけた。 「ああっ……!」  望が、まさに引手を引こうとしたその瞬間、襖の向こうから悲鳴のような声が響いてきた。  あまりの驚きで、望はその場に凍りついてしまった。 「や、やめ……、もう止め……!」  間違いない。声はまぎれもなく仁のものだった。  身動きもできず、望はそこに石のようになって固まっていた。  もしや空耳かと思ったが、だが、さらにまた声は響いてくる。 「ああっ……、あっ、ああっ」  普段ならけっして聞くことのない声である。  何年かまえ、祖父の室からこんな声が聞こえてきたことがある。  あのときも望は恐る恐る引手に手をかけて、襖の向こうの秘密をさぐろうとした。  望がそこに見たのは、畳に横たわっている祖父の腰の上で踊る女の白い裸体だった。  心臓が止まるかと思うほどに衝撃的だった。  女は……あとで思い出したが、祖父が贔屓にしている芸者だった。たしか玉琴と呼ばれていた。勿論、源氏名だろうが。  その玉琴が、若い肌をほとんどあらわにして、昼間から祖父と戯れあっているのである。

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