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遥かな闇から 二
西晋の世に、石崇という名の富豪がおり、官吏でもあり大変な財産家だったという。贅美をこらした屋敷には千人の女たちが仕えていたほどで、そこへ緑珠という名のあらたな妓女をむかえいれた。
彼女は美しいだけでなく、舞や笛にも長けた名妓であった。
当代の富豪石崇に寵愛された緑珠の美貌に目をつけたある権力者が、力づくで彼女を手にいれようとした。さしむけられた兵隊にかこまれ、石崇の命が危なくなったとき、緑珠は屋敷の高楼からみずから身を投げて死んだという。
男をまどわすほどの美貌に恵まれた傾城の美女であったが、自分を愛してくれた石崇に義理をたてて、新たな男のもとに侍るよりも、みずから死ぬことを選んだ彼女を、世の人はたたえ、語り継いだ。
「そんな伝説になるほどの美女にちなんで紫珠と呼ばれたその人も、きっと大変な美女だったのでございましょうね」
遠い異国のむかしを偲ぶように都が目を細める。薄暗い座敷に、西日が入り込んで畳を焦がす。都の瞳は乙女椿に向けられたままだ。
なんとなく、絵になるな、と望はぼんやり思っていた。
「最初はなりゆきだったのでございましょうが、仁様は情を交わした相手を忘れられなくなったのでしょうね。……それからも、幾度かその人に会いにいかれたようです」
それは仁が情愛ぶかく、責任感がつよいからだ。一度だけのお遊びで相手を見捨てるようなことを、仁はできない性格なのだ。
その優しさに、相手がつけこんだのだ。望はややふてくされた。
「そうこうしているうちに……なんというのでございましょうかね。深みにはまるというのでしょうか……どうにも、切れない間柄になったようでございます」
ふう……と、都のこぼした吐息が、手にとった花の花弁を揺らす。
「とはいっても、いくら仁様でも、あの若さでは、妓女、それも異国の人を身請けするなぞ、できません」
都の目には同情が浮かんでいた。
「仁様のように、異国に、いえ、国内でも、任地にいるだけのお遊びでしばし女の人をかこう殿方は大勢いらっしゃいますが、それはあくまでもそのときだけのこと。たいていの方は、奥様や許嫁のもとに戻るときは、ご縁を切るものですが、仁様はそれができなくなったのですわね」
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