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遥かな闇から 六

 芝居や小説などで描かれる吉原と似ているのか。おそらく違うだろうが、雰囲気は少し似ているかもしれない。華やかで淫らで、どこか悲しいところなのだろうか。  そんな狭斜(きょうしゃ)の店の奥にさびしく微笑む中華美人のすがたを、望は思い浮かべてみる。  支那扇を手に椅子に腰かけ、中華風の着物を着ているのだろうか。チャイナドレスとかいうものだ。絵や写真などで見たことはある。異国情趣にあふれて、興味をひかれた。  仁の心を一瞬でもとらえた紫珠という女はどんな女なのだろう。 (きっと、美しいのだろうな。日本の女とは違う魅力があるのかな)  色白で長い髪を結っているか、そのまま垂らしているのか。紅や紫の華やかな衣をまとって、歌舞に長けているのだろう。  噂に聞いた纏足をしているのかもしれない。今でも大陸では纏足をしている女は多いというし、日本でも、以前横浜へ遊びに行った旧友が、中華街で纏足している女性が歩いているのを見たと言っていた。  細い足で、ひょこひょこと歩いていたぞ。あんな細い足でも歩けるんだな、と。異国の文化を垣間見た興奮がつたわってきた。  神秘的で美しい、零落した元姫君の娼婦……。物語めいた雰囲気が浮かんでくる。きっと、竹久夢二の描く、独特の美人画のような雰囲気の女なのだろう。  そんな頼りなげで寂しげな風情の女だからこそ、仁のように軍人でありながらも感じやすく、繊細な魂をもつ男を惑わすのだ。  仁は紫珠というその人そのものを愛したのではない。望は強く思った。  清朝の没落貴族――真偽のほどは置いておいて――の、落ちぶれて囚われたお姫様に心ひかれてしまったのだ。  それでいて奇妙なしたたかさを女は隠しもっているはずだ。だからこそ、強引にも無理心中に仁を引きずりこもうとしたのだ。  死にたければ、一人で死ねばいいものを……。  面白くない。望がいらいらして廊下を進んでいると、ちょうど反対側から女中が忙しげに盆を運んできた。 「望様、今日は旦那様はお客様とご夕食をとられますので、望様は食堂で奥様とお召し上がりくださいませ」 「お客? どちら様?」 ※狭斜 遊里、色町のこと

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