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遥かな闇から 七

 若い女中は首をかしげた。 「旦那様のお知り合いの方とか。勇様もあとから来られるようです」 「仁さんじゃないのか?」  一瞬、望は来客は仁たちなのかと胸を騒がせた。 「いえ……、仁様ではございません……。あの、雨沼様とおっしゃる方です」  聞いたことがある。有名な実業家だ。仕事がらみの話でもあるのだろうか。 「ふうん」  そのあとはさして興味もわかず、言われたとおりに母と食堂で夕食をとったが、父のみならず、いつも一緒に食事をとる香寺の姿も見えなかった。 「先生は?」  香寺が食事の席にいないのが気になり都に問うと、都は小声で告げた。 「旦那様とご一緒ですよ」  目を合わせずそれだけ伝えた都に、望は違和感をおぼえた。  なにか様子がおかしい。  父の知人と、どういうわけで香寺が一緒に食事をとるのか不思議でもある。  望はなぜか落ち着かなくなり、食事を終えると「宿題がありますから」と言ってすぐ食堂を出た。  足は自然としずかになり、長い廊下を忍び足で歩き、父が客人をむかえている和室へと向かっていた。  障子の向こうで、かすかに物音が聞こえる。  給仕の女中がいる気配もない。仕事の話をするのだろうか。だが香寺がなぜそこにいるのか、気になって仕方ない。どうも不穏なものを感じる。 「では、香寺、君は納得しているのだね」 「はい……」  望は廊下から、必死に耳を澄ました。こんなことをしているのが知れたら大目玉をくらうだろうが、どうしてもせずにいられない。  障子には、三人の男の影が浮かびあがっている。父と雨沼と香寺。香寺の影が、文字どおり薄く見える。勇はまだ来ていないようだ。 「どうしても……お金がいるのです……」 「うむ。君の実家は今いろいろ大変そうだからね。……どうですか、雨沼さん? 雨沼さんのご意見は?」 「不満はないね。香寺君のことは、前から気に入っておったんだ。ぜひ、今夜にも……」

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