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第42話 エピローグ

 冬が近づいていた。 「枢流は、正月の予定とかはあるのか?」 「ええ、一応人並みには。先輩は、里帰り……というよりあいさつ回りでご多忙ですよね」 「まあな。本家とはいえ、足を運ばなくてはならない親戚筋が多いし、それに……」 「政治家も絡んできますよね、皇家だと。大変ですね」  枢流が、揶揄するようにくすくすと笑う。  それを見て、こいつ、と沙羅衣が頭をポンと叩いた。  傍からその様子を見ていた学院生たちが、軽く驚きながらそろそろと噂する。 「皇帝と奴隷というより、ご友人のようだな」 「あれ、知らないのか、お前。あのお二人は、皇帝と奴隷という呼称をお好みでなく、通常の先輩と後輩として交際されているのだ」  その影響を受けて、ここのところ、「皇帝と奴隷」関係を結ばずに親しく交わる者たちも増えている。  沙羅衣たちがことさらそう仕向けているわけではないのだが、学院内でも特に目立つ面々の振る舞いによる影響は、小さいものではなかった。  上級生や卒業生には、伝統が破壊されているとして顔をしかめる者もいた。  だが当の沙羅衣たちは、おそらくこれは過渡期なのだと、生徒たちの自主性に任せることにして、余分な扇動などはしないと改めて決意していた。  校門を彩る落ち葉の中を、見目麗しい二人が進む。 「枢流、進路については考えているのか? お前なら、進学もいいし、研究室に進むのもいいだろう」 「そうですね。しばらくは、妊娠の予定もありませんし」 「ああ、焦ることはない。なにかに追い立てられるのではなく、自分の意志で決めなくてはな」  枢流が、同性妊娠をあきらめたわけではなかった。  しかし、以前にはなかった心の余裕と、信頼できる他者との出会いが、人生の岐路での無理やりな舵取りを思いとどまらせていた。  宇良堅信は、その後、服飾のサークルを立ち上げ、「作りたい服を作り、着たい服を着る」というシンプルな活動方針をもとに邁進しているらしい。  その結果、いくつかのブランドから声がかかり、学生でありながらにして実業家として身を立てつつあるという。 「凄いな、宇良くんは。おれも、いつまでも学生気分でいるわけにはいかないな」 「学生ではありませんか」 「気分の問題だ、気分の」  聖夜祭が近い。  寮はもちろん、校舎のあちらこちらも、イルミネーションやオーナメントで飾りつけられている。  そのきらびやかな敷地を歩いていると、枢流がぽつりと言った。 「……実は、やりたい研究が決まりました」 「おお。そうだったのか。……聞いてもいいか?」 「ええ。先輩のおかげで、そう思えたのですから」 「おれの?」 「僕は、妊娠の研究をします。望まない妊娠を絶やし、子供が欲しい人たちが心身の苦痛なく子供をはぐくめるような、そんな未来を、僕の手で作りたい」  枢流の瞳が、かつてないほどに輝いている。 「……やはり、おれもうかうかしていられないな」 「え? なにか言いました?」 「ああ。おれは、政の世界に進む。動機は……君と似たようなものだ。自分たちの望みが、望みの通りに叶うような世の中を、おれの手で作りたい」 「ふふ。いいですね。ぼくたちで、世界を変えてしまいましょう」 「ああ。今までよりも、すべてがよりよい世界へ」  二人の教室は棟が違うので、そろそろ別れることになる。  分岐点の辺りで、枢流が沙羅衣に耳打ちした。 「先輩、聖夜祭の夜は空けておいてくださいますよね? 腕によりをかけて、おもてなしのディナーを用意しますから」 「ああ。楽しみにしているよ」 「しっかり寝て、体調を整えておいてくださいね。寝かせませんから。今後に備えて童貞は取っておくとしても、それ以外はなんだってできるんですからね。ドラゴンの血も、ちゃんと保管してあるんですから」 「く、枢流っ!」  顔を赤くした沙羅衣から、ひらりと身を離して、枢流はいたずらっぽく笑う。 「ふふふ、半分は冗談ですよ」 「どの部分がだ!? まったく……」  そうして二人は、それぞれの校舎に向かった。    姿が見えなくなる寸前に、枢流がぱっと振り返り、大声を張り上げる。 「先輩っ!」 「な、なんだっ!」 「ぼくたち、皇帝と奴隷をやめて、ただの仲のいい先輩後輩だと、周りから思われているみたいなんです!」  なんだなんだと、辺りにいた生徒たちが顔を向けてくる。 「そ、それがどうしたっ!? というか、そんな大声でなにを……」 「失礼な話ですよね! 僕たちは、皇帝と奴隷でも、ただの先輩と後輩でも、もちろん友人でもなく、れっきとしたフィアンセだっていうのに!」  一瞬静まり返った周りの生徒が、その後、一気に歓声を上げた。  沙羅衣はやれやれと頭をかいて、大声で応える。 「ああ、そうだよ! だから、今日も放課後は空けておけよ!」 「はい!」  興奮冷めやらぬ中を、二人はそれぞれの道へ歩き出した。  一度分かれても、一日と離れず必ずまた交わると確信している彼らは、ドレスアップした校舎の門をくぐっていった。

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