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act.11-1 Ver.Wataru
式が終わったあとの礼拝堂は、先程までの喧騒が嘘のように静まりかえっていた。
ほとんどの人間は披露宴の会場に移動してしまい、今この場にいるのは環だけだ。
信徒が座る長いベンチに腰掛け、着替えに行った莉音が戻るのを待つ。ぼんやりとステンドグラスを眺めていると、扉の開く音がかすかに聞こえてきた。
「ごめん、遅くなって」
現れた莉音はすっかり普段通りの姿になっていて、慌てていたのか髪が濡れたままだ。
「りおってば、頭ちゃんと乾かさずに来ちゃったの?」
熱があるのに、と環が言うと、ばつの悪そうな顔で隣に座る。
「もう平気だって。原因も、なんとなくわかったし」
呟いた顔がなんだかいつもと違うように感じて、環は黙って次の言葉を待つ。
「たぶん……幸福そうなふたりを見てるのが、つらかったんだと思う」
ぽつりとそれだけ言って、莉音は俯いた。前髪から雫が垂れ、デニムに染みをつくる。
「りおは、幸せじゃないの? オレのプロポーズ、迷惑だった?」
「いや……そうじゃなくて。おれは、幸せになっちゃいけない人間だと思ってた。怖かったんだ、ずっと」
どんな顔をしているのか確かめたくて覗き込むと、ふいっと視線を逸らされる。
動いた拍子にシャンプーの香りが立ちのぼって、環はたまらずに莉音を抱きしめた。
びくりと身体を震わせるのは、いつもと同じ。
けれど、首に回された腕は、必死になにかを伝えようと絡みついてくる。
「わたる……今ここで、おれを抱いて」
その声音は、いつも環を誘惑するときとは明らかに変わっていた。
いまにも泣きだしてしまいそうな切実な訴えが、悲愴な決意を滲ませて環の胸を打つ。
「お前のものになりたい。こころも、身体も、ぜんぶ」
熱く湿った息とともに吐き出された言葉を、環は信じられない思いで聞いていた。
真実、その莉音の言葉は、痛々しいくらいにこころに響く愛の告白だった。
どうしたらいいのかわからずにいると、見上げてきた莉音と目が合う。
涙をたたえた瞳が、まっすぐに環の姿を捉えてゆらゆらと揺れていた。
「で、も。戒律、は」
ちいさく首をかしげて、莉音が微笑む。
素顔のままの、あどけなささえ感じる表情。目尻から、ひとすじの雫がこぼれ落ちる。
「あんなの、ただの言い訳だ……礼儀や義務とか理由をつけて、逃げてただけの」
窓から差し込む光を受けた虹彩が、あまりにもきれいで。
彼の決意を、想いを、受け止めてあげたいと強く感じた。
「じゃあ、ここで……神様の見てる前で、証明するよ。オレが、どんなにりおのことが好きで、なによりも大切なんだってこと」
「ん……」
どちらからともなく触れたくちびるは、いままでにないほどあまく官能的だった。
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