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「俺さみしい男だもん」  これは俺のバイト先の店長の口癖だ。この人は自分の店のバイトを飯に連れて行くのが趣味みたいな人物で、閉店後に誰彼構わず誘っては近所のファミレスやラーメン屋なんかで飯をおごってやっている。  話し相手欲しさでたかがバイト相手に自腹を切って飯をおごる人間の気が知れないが、いちフリーターで日々カツカツの暮らしを余儀なくされている俺としては世間話に付き合えばタダ飯にあり付けるので断る理由もなく、今日も深夜に店の近くのファミレスで二人テーブルに向かい合っていた。  普段は仕事の話やYouTubeの動画の話題なんかに相槌を打つだけでいいので楽なのだが、今日の店長は面倒くさい日らしく例の口癖と共におおよそ深刻さの感じられない軽薄な笑みを浮かべている。俺は鉄板の上のハンバーグを箸で切りながら適当に頷いて見せた。 「店長がさみしい男だって言うんなら、アラサー独身独居彼女なしの俺はどうなるんですか。似たようなものでしょう」 「アラサーって言ったって鈴木くんまだ二十五でしょ。俺もう三十一だよ。三十路を超えた男の哀しさを甘く見たらダメだよ。どんどん若い子と話が合わなくなるんだから」 「そうは言いますけど店長、学生ともしょっちゅう飯行ってるしけっこう仲いいじゃありませんか」  そう、俺にとっては単に飯をおごってくれる上司に過ぎない店長だが、バイトの学生たちにとっては人間関係とか就活とか恋愛なんかのよき相談相手なのである。俺から見るといつもへらへらして掴みどころのない人なのだが、確かに仕事は出来るし物腰も柔らかいので上司としては理想的なのかも知れない。 「それはそうなんだけど、頼れる大人と友達の中間くらいの立ち位置ってけっこう難しいんだよ。適度に理解を示しつつ無理して若ぶらない余裕のバランスがさ」 「だったらそういうキャラ付けやめて潔くおじさんになったらいいじゃないですか。無理しないで」 「うちの店バイトはほとんど学生だから、若者とうまくやってかないと仕事に差し支えるじゃない。それに学生の子たちが相手してくれなくなったら俺だってさみしいし」  うちの店は学生以外だと主婦のベテランパートさんが数人いるだけなので、学生に嫌われたらやっていけないのは確かだ。ちなみにフリーターなのは俺だけで年齢も中途半端なので店ではやや浮いている。そうでなくても性格が根暗なので馴染めるわけもないのだが。 「そもそもそんなさみしい人間だって自覚あるのに、自腹切って飯おごったりしてまで人に相手してもらうのって余計に悲しくないですか? 結局それありきの付き合いって感じで」 「それ言っちゃうかあ。ほんときみって口悪いよねえ。俺の前でだけ」 「店長限定なんじゃなくて普段がこうなんですよ。性格がひねくれてるから口も悪いんです。だから友達も少ないし彼女もいないし、だからこんな時間に店長と男二人で飯に付き合ってるんですよ。仕事中はちゃんとしてるんだから放っといてください。というか前々から思ってたんですけど、なんで飯の相手って店のバイトばっかりなんですか? 人恋しいなら彼女とか作ったらいいのに」  生まれてこの方彼女なんかいたことがない自分のことを完全に棚上げした発言である。しかし店長は世間じゃブラックと名高い飲食とはいえ定職に就いているし、まあ顔だって悪くなく、疎い俺でも分かる程度には身なりにも気を遣っていた。俺が店で働き始めて三年弱になるが、これまで働いていた中にこの人に好意を持っていた女子大生もいたと思うし、その気になれば機会なんていくらでもあったと思うのだが。  そんな疑問から生じた問いに対し、店長は笑い、肩をすくめながら首を振った。 「うーん、彼女はね、もう作んないから。俺」  今思えばここでこらえるべきだったのだが、この日は特に虫の居所が悪かったわけでもないのに、なぜだか店長の「その気がないだけ」感が妙に癇に障った。モテない男の僻みと言ったらそれまでなのだろうが、普段ならこのくらいのことはなんとも思わないのにこの時はなんでだか無性に気に入らず、なにかひと言くらい嫌味を言ってやりたくなったのである。  「はあ、じゃあ、彼女がダメなら彼氏ですね」  その結果出たのがせめてこの言葉でなければ、俺はあんなことにならずに済んだのに――そう後悔するのはもう少し先になってからなのだが、この時の俺は知る由もなかった。 「へえ、彼氏かあ。なるほどね。きみは恋人にするならどんな人がいい?」  店長が案外話に乗って来たので、俺は内心面白くないと思いながらも適当に理想の相手像をあげつらねる。 「話してて気を遣わない相手がいいんじゃないですか。あとは性格が良くてかわいかったら言うことないですね」  そんな都合のいい相手がいるものか。いたとしてそんなユニコーンばりの空想上の存在が俺の彼女になどなるわけがない。適当な発言とはいえ恥ずかしくなって来たが、店長はふんふんと顎に手を当て納得したように頷いている。 「かわいい系がタイプなんだ」 「いや、別にそういうわけじゃありませんけど。……というか、もうやめませんか。アラサー男の深夜の恋バナとかこの上なくグロテスクだし」  したこともない恋愛の更に仮定の話をバイト先の店長相手に繰り広げるなんて拷問以外の何物でもない。俺がこの気色悪い談義に早々に音を上げると、店長はあははと声を上げて笑った。 「俺は楽しかったけどなあ。鈴木くんそういう話全然しないしさ」  しないのではなくする話がないのである。しかしそんなことをわざわざ言って墓穴を掘ることもないので黙っておくことにして、肉のかけらを口に運んで誤魔化した。  その後は店長のくだらない話――最近YouTubeで見た犬の動画だの来週から始まる夏季限定メニューの工程が多くて面倒だとか――を聞きながら飯を食い、店の前で解散した。店長は車だが俺は自転車通勤なので、飯に行く時は雨の日を除いていつも現地集合現地解散だ。雨の時は店長が車で送ってくれる。  俺は今日の己の発言がのちのち招く事態など知る由もなく、ハンバーグセットで満腹になった体でペダルを漕ぐのだった。

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