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 それから二、三ヶ月ほどして、俺は店を辞めた。なんとか正社員の仕事を見つけたからだ。 居心地が良くてなんとなく続けていたバイトだったが、十月の誕生日に俺の一ヶ月の給料とさほど変わらない額の腕時計を贈られて辞める決心が付いた。 最初は洒落た時計だなくらいにしか思っていなかったのだが、防水だと聞いていたので着けたまま店の厨房で皿を洗っていたら学生のバイトにそんないい時計洗剤まみれにしたら勿体ないですよと言われ、おおよその値段を知ってしまったのである。 分不相応な物を貰ってしまったと思うと同時に、俺はまだまだあの人と対等にはなれていないのだということを思い知った。あの人は俺が欲しいとも何とも思っていなかった腕時計を「似合うと思って」と値段も言わずに贈れるが、俺にはとてもそんなことは出来ない。 プレゼントは値段じゃないとは分かっているが、俺はあの人の誕生日に同じ気持ちで物を選べるかと言えばそんなことはなく、きっと予算を気にするだろうし、それが悔しいなと思ったのだ。  仕事を探している間、そのことは店長にも言わなかった。バイトや店長と会う時間の合間を縫って仕事を探すこと二ヶ月ほど、ようやく一社から採用を貰いバイトを辞めたいと言うと店長は喜んでくれて、ケーキを二ピース買って店長の部屋でちょっとしたお祝いをした。 今はその会社で勤め始めて三ヶ月ほどが経つ。ボーナスは次の冬からなのでしばらくはお預けだし手取り自体もそれほど増えたわけではない。しかし住宅手当のお陰で五月の店長の誕生日までには目標の金額が貯められそうで、俺は今からあの人に何を贈ろうかあれこれ考えて楽しみにしている。  店長――今はもう店長ではないので名前で呼んでいるのだが――は相変わらず飯に行けば知らない間に会計を済ませていたり俺が仕事に行っている間にうちに来て勝手に夕飯を作ってから出勤したりしているが、楽しそうだしキリがないので度を越さない限りは何も言わないことにしていた。自分本意にあれこれ尽くしたいというよりかは、多分俺にかまいたくてしょうがないんだろう。  そういえば少し前にあの人が本社に出張へ行く間たこやきの世話をするのに部屋へ出入りしていた時、帰って来る時間を見計らって夕飯を作って待っていたら大層機嫌が良かった。 前に尽くすタイプだからどちらかというと何かしてもらうのはそこまで嬉しくないとか言っていたくせに風呂場で鼻歌まで歌う始末である。 なんだ嬉しいんじゃないかと思ってそう揶揄ってみたが「きみが俺のためにやってくれたと思うとなんかめちゃくちゃ嬉しかった」と言ってその時作った適当な炒め物と白米と卵スープの画像をわざわざ綺麗に加工してロック画面にしていたので、揶揄い甲斐がない人である。 俺も店長も自撮りをするタイプじゃないので、お互い思い出の写真と呼べる物は一緒に行った店の料理や作った料理、たこやきの写真くらいしかないので、いい記念になったとは思うけれど。  せっかく二人でいるのだから、その意味のあることをしたい。――俺たちはその言葉の通りに過ごせているだろうかと、時々ふと考える。 あの人は毎日楽しそうだし、俺は――俺も、あの人がいてくれて良かったと思うことが増えた。慣れない仕事で疲れた時とか、新しいゲームを買った時とか、どこか行ってみたい場所が出来た時とか。 そういう時あの人がいたらいいなと思うようになったこと、それが好きだということで、もっと言うと愛なのだと言われたら、今ならきっとそうなんだと納得できる――かも知れない。

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