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第2話
杉原先輩が私を強引に連れて来てくれた先は、私の家とは逆の通りにある、少し大きな公園でした。
細かく説明すると、ご老人達が休日にグラウンドゴルフをするのに、この辺りでは知られている公園です。
休日でなくても練習にくるご老人は結構いたりするのですが、薄暗くなってしまっている今は、お散歩に犬を連れている人達が二・三人いるくらいです。……向こう側の出入口に止まっている軽トラック車がありました。
それは少しレトロで、なんだか懐かしい、石焼き芋屋さんの車でした。
私はその光景に感動していると、杉原先輩は私と手を繋いだまま、その石焼き芋屋さん近寄っていきました。
「あの……杉原先輩、手を放さないと」
「おっちゃん、おひさ!」
……お知り合いなのですか?
すると帰る用意をしていたのでしょう、蓋を閉めている小柄なおじさんが杉原先輩にむかって話しかけてきました。
「おぉ!兄ちゃん久しぶりだな。学校の帰りか?今は真面目にやってんのか?」
「ちょー真面目だよ。これでもかっ!てくらい」
……とても親しそうでした。
この仲の良さは、鈴木先生とは違うような雰囲気で、私は安心して先輩の隣に立ちました。
と、同時に私は何だか嫌な気持ちにさせてしまうかもと……と握られたままの手を離そうとするのですが、逆に思いきり握りしめられてしまいました。
「あの、先輩……痛いんです」
先輩は力が強いことを忘れていました。
「……兄ちゃんは男が好きだったのか」
あぁ……、またあらぬ誤解を生んでしまったじゃないですか。
「この子だけだよ。この子は俺の『特別』だから。でもよくおっちゃんこの子男だって分かったね」
「私服なら分かんないだろうが、今は制服ズボンだろう」
杉原先輩があまりにも『特別』を真剣に言うので、私の心臓が高鳴りました。……こういう時の先輩は本当に卑怯だと思います。絶対に分かっていて行動していそうな感じが私にはするんです。
「そっか、兄ちゃんの『特別』ならしょうがねぇな。綺麗な坊主、この兄ちゃんかなり荒いからな。気ぃつけな」
おじさんはそう優しく笑いました。何故でしょう、先輩の本当の心を知っている人は、皆優しい人ばかりだと最近は感じるんです。
……ですが何ですか?また私を『綺麗』って言いましたよね?男にそれはないんじゃないですか?それに私はミックスです、綺麗なはずがありません!!あぁ、綺麗な純粋な日本の人が羨ましいです。
「で、なんだ兄ちゃんはおっちゃんに報告だけに来たのか?」
「違うよ!!俺もこそまで非道じゃないし。この子に一つ頂戴」
「…あっ!!私買います……」
「いいのいいの!俺はあんまし甘い芋系得意じゃないし」
あっさりとお芋屋さんの前で杉原先輩は言うので内心焦りました。しかし、おじさんは気にしていない
様子で『毎度!!』と、笑って新聞紙に石焼き芋を包んでいました。
「兄ちゃんには世話になったからな」
「……お世話ですか?」
杉原先輩はおじさんに何をお世話したのでしょうか?気にはなりましたが、私に聞く権利はあるのでしょうか……と悩んでいたら、先輩は笑っていました。
「お世話したうちに入んないよ。あれは人間として当たり前じゃん」
おじさんはにこにこ笑って私に教えてくれました。
「おっちゃんな、もっとビルが沢山ある大きな公園で仕事してたんだよ。売り上げもイマイチでなぁ。……気ばっかりでかい癖に体は小さいだろ。運が悪くてガラの悪い連中に、その日の売り上げを取られそうになっちまった日があったんだよ」
「!!」
それはとても酷いお話で、私は息を張りつめてしまいました。
「それでおじさんは無事だったんですか……?」
その質問におじさんは優しそうな顔になりました。
「この兄ちゃんがな、身体を張って助けてくれたんだよ」
「……え?」
「暴力はいけないことだけどな、そこで兄ちゃんがそいつらを追い払ってくれなかったら、おっちゃんがズタボロのボロ雑巾になってたよ」
おじさんの言葉に私は本当に感謝の気持ちが籠っていると感じました。
「それで、ここの爺さんやら婆さんが集まる公園なら売れるんじゃないか、ってまで考えてくれてよ」
杉原先輩はそこまでおじさんのことを考えていたのだなと思うと、凄いなとしか感じませんでした。
「おっちゃんがあそこで毎日頑張ってたからさ、ちょっと話しただけだよ」
……そうなんです、杉原先輩はまわりをよく見る人です。
「この兄ちゃんは本当にグレちまってるわけじゃないし、ただ単に気性が荒いわけじゃないんだ。理由があるんだ。坊主にも分かるか?」
私は素直に頷きました。
「はい。……私も分かってます」
私も色々助けてもらいましたし、杉原先輩の全部を知っている訳ではないですが、それは充分すぎるほど分かります。杉原先輩は何の理由もなく身体を張るような行動をする人ではないのは、私も知っています。
「……坊主はいい子だな。おっちゃんは兄ちゃんが坊主が好きになった気持ちが分かるような気ぃするよ。まぁ、仲良くやりな」おじさんは新聞紙にくるまれた石焼き芋を私に渡してくれました。このおじさんはとてもいい人なんですね、杉原先輩をちゃんと見てくれています。良かったです……。
「ひあっ、……熱っ!!」
私が熱くて落としそうになった石焼き芋を杉原先輩は器用に受け止めてくれました。それを見ておじさんは、からかっていたように笑ってます。
「おっちゃん!!叶が火傷したらどうしてくれんの?!」
「こりゃあ、すまんすまん可愛くてな、新聞紙一枚抜いて渡しちまった」
……可愛いって何ですか?!
「大丈夫です、私はこのくらいで私は火傷はしませんっ」
「坊主は『かなえ』って名前なのかい? 」
名前でまたからかわれるのかなと思いつつも……不本意ですが、頷きました。
「はい」
するとおじさんは、とても明るい表情になって私の顔を覗き混んできました。
「あの大通り抜けたところの、大きなお屋敷の……?」
『お屋敷』とかそう大層な建物ではないですが。
「……そうですね、少し大きいかもしれません」
「ああ、やっぱりそうかっ!!前に向こう側の小さな公園におっちゃん前に芋売りに行っててな、綺麗な異人の奥さんが『孫のかなえちゃん』を連れてよく買いに来てくれたんだよ」
『まさかあの『かなえちゃん』が男の子だったなんてな』と私の髪をクシャクシャと撫でてくれました。
(おばあちゃん?そういえば、何だかこういう感じが懐かしい気がしていたけれど……)
……それにしても、私が『男の子だったなんて』ですか?!
私はどうみても男です!!
「ズルい!!おっちゃん、小さい頃の叶と会ってたなんてさ!!……俺も会いたいなぁ。可愛かったんだろうな」
ここでまさか本当に残念そうな表情の杉原先輩が面白くて、私は笑ってしまいました。
「おっちゃん、小さい叶可愛かった?今もちょー可愛いんだけどね!!」
それにしても、ここまで『幼い頃の私』に興味があるなんて思わなかったので、
「私は可愛くないですよ?」
と答えました。すると先輩は変な笑顔で、
「……叶、もしかして『幼い叶』に嫉妬した?」
……え?!
「杉原センパイは、どーんな叶でも可愛いと思うけど!!」
……もういいです。杉原先輩は少しおかしいです。
「そういう訳ではなくて、違いますから」
特にそんな意味で言ったわけではないのに、そうとられてしまったのかなと思う私はムキになっていたようで少しだけ恥ずかしくなりました。
「そうだ、おっちゃんの父ちゃんがなまだ一緒に芋屋やってる時でな、奥さんと叶ちゃんと三人で撮ってもらった写真があったかな……?」
『確か合ったはずだ』と、おじさんは車に向きを変えるときに、私の中であの光景がフラッシュバックしてきました。
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