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第9話

「叶さん、ごめんなさいね。今日は兄さんと光さん追い出せなかったのよ」 私は小雪さんのあとを泣きながらついていきました。 「いえ、……わたし……がっ」 「無理して話さなくても大丈夫よ!あの子みたいに取って食べたりしないから」 ……食べるって何ですか。 「兄さんはつい最近家に帰ったばかりですから、きっと光さんと取り込み中なので空気だと思っててくれていいですからね」 物音を立てずスッと歩く着物の日本美人は、とても絵になっていました。涙で滲んでよく見えていないのに綺麗だと感じるんですから、ちゃんと見えていたらもっと綺麗なんでしょう。私はなんて勿体ないことをしたのでしょうか? 小雪さんが案内してくれたのは梅の木の花の模様でしょうか、綺麗な襖のお部屋でした。 「ここは私の部屋なの」 開いた襖の奥には、本でしか見たことのない和しかないような素敵なインテリアがあって、感動のあまり私の雨粒は一瞬にして消えてしまいました。 「……とても綺麗な素敵なお部屋ですね!!」 「あら叶さん。泣いてしまうくらい悩んでたんじゃないのかしら?」 小雪さんは私を見てクスクス可笑しそうに笑っています。そう言われ、私は当初の目的を思いだして……再度目から雨粒が溢れ出てきそうになったのですが、小雪さんは私の手を取り奥の襖を開けると、モダンな二人用のテーブルと椅子が窓辺に置かれていたので、また雨粒は止まってしまいました。 「叶さんは畳に座るより椅子の方が足が疲れないでしょう?こちらでお話を聞かせてください」 「……はい」 私は先輩が進路を話してくれなかったこと、都合が悪くなると急に身体に手を出そうとすること、この実家のこと、スマホなどの連絡先を教えてくれないこと、学校で噂されている悪い噂があることを私には隠していることを話しました。そして小雪さんがくれたアドバイスは、 「それは、簡単です。全部あの子から聞かないと駄目です」 「やはり。……そうですか」 ひょっとしたら小雪さんが知っている範囲で教えてくれるかもしれない、というのは甘い考えでした。 ですが、もしかしたらそう言われるかもしれないとも思っていた。 「叶さん。言わなくては伝わらない気持ちもあるように、聞かなくては知れない気持ちもあるんですよ」 「……聞かなくては知れない気持ち、ですか?」 小雪さんは、私が杉原先輩が好きだと気付かせてくれたときのようにゆっくりと話してくれました。 「そうです。叶さんは今まで受け身で今まで生きてきて、初めて他人のあの子を、……俊さんを好きになって、その気持ちを受け入れたのですから。遠慮なく聞いてしまえばいいの」 確かにその通りかもしれません。 「……ですが拒まれてしまったら、そう思うと私は怖くなってしまって。私は怖くなってしまい、勇気が出ません」 「俊さんが話してくれない、もしそうなってしまったら、言えるようになってくれるまで待つしかないわ」 もしそうなってしまったら、私は待つことが出来るのでしょうか?小雪さんは私の顔から不安を感じ取ったのでしょう、そっと優しく話してくれました。 「あの子が叶さんの心を手に入れて、今は身体も欲しくて迫ってくる状態。でも叶さんは身体を捧げる気持ちには追い付いていない状態です。それは当たり前なんです」 『身体を捧げる』という言葉に私は恥ずかしさと、自分が汚れているので捧げなくない嫌悪感で複雑な気持ちになってしまうのですが、確かにそうなんてす。 「……はい」 頷きました。 「心底『好き』で……『愛している』のであれば、多少恥ずかしくても捧げてしまうものなんです。叶さんはまだその気持ちに整理がついていないか、自分に自信がない。違うかしら?」 その通りの図星を指されてしまい、私は何も言えないまま目を伏せてしまいました。 やはり杉原先輩の『お母さん』、私の気持ちを見事に的中してきていました。 「ですが、私は本当に嬉しいんです。あの子にやっと『本命』が出来て。夜遊びや喧嘩ばかり覚えたり、身体を繋げることばかりしていて……」 え、身体を繋げるって。 「迫ってくる女の子と一夜限りの情事なんて誉められたものじゃないわ」 ………え? 「小雪さん『一夜限りの情事』ってなんですか……」 私は聞き流せばよかったのでしょうか………、小雪さんはらしからぬ目を見開いた顔をしていました。 その表情を私は……知っています。

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