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第12話
「お、王子……」
呆然としている王子に、近衛の一人が近づく。遠慮がちにかけられた声で我に返ったのか、王子は次の瞬間にククッと噛み殺せていない笑いを零した。
「随分と、面白い子だッ」
笑いを殺しながら呟き、王子は未だ呆然としている店員に声をかける。
「そなたは、彼女が誰か知っているか?」
王子の問いかけに、店員は慌てて頭を垂れる。
「い、いえ。申し訳ございません。あの方は本日初めてお越しになられたので……」
しどろもどろになりながら答える店員に、王子は己の顎に手をあてて目を細めた。
「そうか……。では、彼女は何を買っていたか、目印になりそうなものがあれば教えてほしい。この店は一点ものも多いだろう、それらを買ってはいなかったか?」
本来であれば客が何を買ったかなどは信用問題にも関わるため教えることはできない。しかし相手はこの国の尊き王子殿下。迷った店員を助けるように奥から店長兼デザイナーであるプリスカが出てきて、一枚のデザイン画を差し出す。
「先程従業員に確認いたしましたら、こちらのブレスレットをご購入いただいたようです。一点ものでございますし、これから先も作る予定はございません。しかし殿下、これは殿下を信用してお見せしたもの。どうぞ他言無用でお願いいたします」
王子にのみ見えるようデザイン画を渡したプリスカに、王子は感謝しながら視線を落とす。華奢で繊細な細工の施された銀の台座に、サファイヤが輝く美しいブレスレットだ。そのデザインを目に焼き付けて、王子は礼を言ってデザイン画をプリスカに返した。そして己の傍に控える近衛へ視線を向ける。
「身なりからしても貴族だろうな」
「王子……、差し出がましいこととは存じますが、ご婚約者がおられる以上、ご結婚されお子を成されるまでは、その……」
火遊びのようなことはするな、と言葉にされない忠告を王子は正確に理解していた。確かに、己には王族として、世継ぎの王子としての義務がある。親同士が決めた婚約なのだから王子が誰か別の人を好きになってもおかしくはなく、妾妃を娶っても多少は許されるだろう。しかしそれは近衛の言う通り、婚約者とつつがなく結婚し、相手が世継ぎの子供を産んでからだ。
しかし、王子はそもそもその前提に疑問を抱き続けている。
「私は私や国の都合で一人の人の人生を縛り付けながら、自分だけ好きに恋情を抱く気は無い。縛り付けるのなら私も縛られて当然だろう。だが、これを幸運と言っては非情かもしれないが、通そうと思えば恋情を通すこともできそうだ」
王子の言っている言葉の意味が分からない近衛は答えに窮し、視線で問いかける。そんな近衛に王子は笑みを浮かべた。
「彼女の手を取った時に、月の魔力を感じた。それも、とても強いものだ。おそらく私と共にいても問題はないだろう」
その言葉に近衛は目を見開く。ただでさえ産まれる数の少ない月の魔力を有し、その上さらに王族に並び立つほどの強さを持つ者が王子の婚約者以外にいたとは……。
しかし、あり得ない話ではない。太陽の魔力を持つ者より数は少ないとはいえ、月の魔力を持つ者はこの国に幾人も存在しており、王子の婚約者であるゼノン=ディストリアノス伯爵令息が見つかってから、国はさほど月の魔力を持つ者を探していない。王子に男の兄弟がいないことも理由の一つであろう。そのため伯爵令息には万が一があってはならないと窮屈な生活を強いているが、彼以外に強大な月の魔力を持つ者がいても不思議ではない。そんな相手に王子が興味を示したことは、むしろ好都合なのでは?
近衛が脳内で結論を出したことを察した王子は、彼女が走り去っていった扉の向こうを見つめ、はっきりと命じた。
「彼女を探し出せ。探し、このアトラス=トリュフォスの元へ」
近衛が敬礼でもって応える。その様子を、遠くから弟を心配する姉が見つめていた。
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