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第13話

 王子と想定外の初対面をしてしまったゼノンであったが、アナスタシアから王子は母である王妃への贈り物を用意するために王妃が愛用しているプリスカの店を訪れたらしいと聞いてからは、きっと敬愛する母君の贈り物で頭がいっぱいになって訳のわからないことを口走った正体不明の女のことなど忘れているだろうと安心しきっていた。それに、そんなことをずっと考えていられるほどゼノンは暇ではない。  毎日毎日これでもかと言わんばかりに詰め込まれる王妃教育や、父から依頼される仕事をこなすのに忙しく、その疲れを癒すために自室のコレクションたちをじっくりと眺める時間も必要なのだ。それに――とゼノンは新しい布地を手に取りながらクスリと笑う。 (可愛いドレスを着て化粧をすれば、また女性ばかりのお店にも行ける)  アナスタシアと一緒に行ったプリスカの店では誰もゼノンが男だとは気づかなかった。そのことに味を占めたゼノンは再び女装をして出かける機会をうかがっていた。女装は少し恥ずかしいし、バレたらというリスクもあるが、誘惑には勝てない。何より、女性のドレスはとても繊細で可愛らしい。一種の芸術作品だ。またひとつ、コレクションが増える。  さて、どんなドレスにしようかと一人布地を眺めながら試案していたゼノンであったが、静かな空間に響くノックの音に、その楽しい時間は終わりを告げた。 「ゼノン様、旦那様がお呼びでございます」  書斎にお越しくださいませ、という侍女の言葉にゼノンは首を傾げる。父は王から呼び出されて城へ行っていたはずだが、いつの間に戻ってきたのだろうか。それに、戻ってすぐの呼び出しとは、何事であろう。まだ王子との結婚までは時間があるため、その話でもないだろうに。 「わかった」  とにかく、この家にいる以上父の言葉は絶対だ。美しい布地たちにしばしの別れを告げて、ゼノンは足早に父の書斎へ向かった。

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