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第14話

「父上、ゼノンです」  告げれば中から応えがある。静かに扉を開けば、中には父の他にアナスタシアと長兄の姿もあった。家族勢ぞろいとは何事であろうかと、ゼノンは少し警戒する。 「入りなさい。さぁ、こちらへ」  扉に手をかけたまま立ち尽くしているゼノンを、父は優しく手招いた。普段から別段厳しい父ではないが、今日は異常に声が優しいように思う。何やら嫌な予感が拭えない。  胸の内で警戒を強めながら、アナスタシアの横に座ったゼノンに頷き、父は人払いをした。家族以外の誰もいなくなった室内で、父は小さくため息をつきながら重い口を開く。 「実は、陛下より内密の相談があると言われて城へ行っていたのだが……。アトラス王子がゼノンとの婚約を破棄したいと陛下にご相談なさったらしい。なんでも、好きになった女性がおられるとか」  父の言葉に長兄とアナスタシアがヒュッと息を呑んだのがわかった。 「お、お父様! それではゼノンが可哀そうではありませんか! これまでずっと自由などない生活をし、人一倍厳しい教育を受けてきたのはすべて未来の王妃になるからなんですのよ? それなのに、好きな人ができたからと言って婚約破棄だなんて、王子はゼノンを何だと思っていらっしゃるんですの!?」  怒りに肩を震わせるアナスタシアに、長兄も深く頷く。そんな二人を見て、父は再びため息を零した。 「お前たちの言い分はわかる。儂とてそう簡単に受け入れられるものではない。だが王子の意思は固いようだ。この想いを抱えたまま政略的にゼノンを娶り苦しい思いをさせるのも申し訳がないと、王子自らこの屋敷を訪れてゼノンに頭を下げるおつもりだったらしい。陛下が少し待てと王命で止めておられるから、まだこの話は陛下と我々と他数名しか知らないことだ。そこまで言われては、このまま嫁がせるのもどうかと儂は悩んでおる」  もともとが政略結婚なのだからお互いに愛情が無いのは当然のことだろう。だが、王子が誰かを胸に抱き続ける姿を見て生活するのは、存外苦しいものだ。何より、母体になるゼノンには愛人など許されない。王子に嫁いだが最後、王子以外を想うことも、軽いふれあいをすることもできないというのに、王子はゼノンではない誰かを愛し、抱き、その関係を公にすることだってできる。そんな苦痛で孤独な場所で、これから死ぬまでの長い人生を過ごさせるのは親としても忍びなかった。

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