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第15話
「王子のお話によると、お相手は月の魔力を持つ方のようだ。お世継ぎも問題は無いらしい。王子と同じ年ごろか、少し年下の、美しいご令嬢だと。王妃様への贈り物を選ぶためにお忍びで出かけられた店で出会ったそうだ」
その言葉にアナスタシアとゼノンはピクンと肩を震わせた。しかし、考えていることは同じではない。
「お父様、その方って――」
「お父様、その婚約破棄のお話、受けてください」
アナスタシアの言葉を遮って、ゼノンは言った。その瞳はどこか冷たい光を宿している。
「良いのか? 確かに王子はお前への慰謝料は必ず払うとおっしゃっているが、それでお前が過ごしてきた日々の時間が戻るわけではないぞ?」
父は心配そうにゼノンを見ているが、ゼノンにとってはどうでも良いことだ。
「いただけるとおっしゃるなら、ありがたくいただいて婚約破棄いたします。もともと王族になることへの執着も、王子への執着もございません。兄さまのご迷惑にならないよう、適齢期になればどこかに嫁がせていただくか、地方の別荘に住まわせていただければ嬉しいですが」
そのことに関しては問題ないだろうと、誰もが胸の内で呟く。月の魔力を持つ者を欲するのは、何も王族だけではない。
「それに関しては考えておこう。悪いようにはしないから、安心しなさい」
「ありがとうございます。では、このお話はお父様にお任せいたしますね」
そう言ってゼノンは踵を返し書斎を出た。皆はゼノンが少なからず婚約破棄にショックを受けて早々に退室したのだと考えているのだろうが、当のゼノンは父の話を聞いてスゥーッと心が冷めていくのがわかった。
あの日、プリスカの店にいた女性を王子が好きになったということは、あの何の罪もない少女が貴族の夫人に金切り声で攻め続けられていた場所にいたということだろう。あの日、あの少女を偏見の目で見て、何もしていないというのに汚いものでも通ったかのように避け続けた貴族の女性を、王子は好きになったのか。
王子はあの日、ゼノンを褒めた。それは王子がゼノンと同じ心を持っていたからだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
だがそれも、婚約破棄となった今はどうでも良いことだ。
この世に醜さを持たない人間など存在しない。それを厭っているゼノンとて例外ではないだろう。特に貴族社会にとって潔癖は忌避される存在だ。ならば、そっと離れれば良い。離れていれば、見なくて済む。
胸の内に広がる黒い靄を振り払うように急ぎ自室へ戻ったゼノンは、そこにある美しいコレクションたちを手に取って眺めた。
そう、嫌なものが胸に広がるというのなら、美しいものを見れば良い。心を持たぬ物であれば、ただ美しいばかりなのだから。
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