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第16話

 婚約破棄など些末なことだというように、自由になる時間を自室で過ごしコレクションを手入れするのに忙しいゼノンを、アナスタシアは複雑な様子で見つめていた。  ゼノンは頑固で潔癖だから、何かを勘違いして王子を心の中から追い出したように見えるが、ことはそれで終わらないように思えてならない。 『お父さま、ちなみにその……王子のお好きな方は王妃になることを承諾されているんですの?』  単純に考えれば王子に見初められて、後々は王妃になるなど女の子が夢見そうな素晴らしい幸運であるが、現実を少しでも考えられる者ならば簡単に承諾はしないだろう。王子に愛されているという事実だけでは耐えられないほどに、大国の王妃になるというのには覚悟と教養が必要になる。気持ちだけでどうにかなるようなものでもない。王子が見初めた女性はどちらであるのかと問いかけるアナスタシアに、父はさらに難しい顔をした。 『それが、月の魔力を持つ貴族の令嬢ということしかわからぬらしい。聞けばまだ探し出せてもいないとか。確かに月の魔力を持つ者は少ないが、一人二人というわけではない。外見とその女性が購入したもの以外手掛かりがない状態で、捜索は難航しているそうだ』 『お父さまはその女性の外見などはお聞きになられましたの?』 『ああ、白銀の髪に青い瞳をした女性で、どうやら一点もののサファイヤのブレスレットを買ったようだ』  その答えで、アナスタシアはすべてを理解することができた。そして父に言ったのだ。ゼノンはああ言ったが、王子の相手がちゃんと見つかるまで婚約破棄は受け入れないでほしい、と。 『お前は、何か心当たりがあるのか?』  問いかける父に曖昧な笑みを浮かべるにとどめ、アナスタシアは書斎を出た。そして今までずっと、どうすれば良いのかと考えを巡らせ続けている。  とりあえず、このさい王子は後回しだ。まずはゼノンの勘違いを改めて、それでも王子との婚約は破棄したいと願うのであれば、このまま婚約破棄を受け入れればよい。だが、絶妙に勘違いをし、おそらくは勝手に失望しているゼノンに何を言ったところで無駄だろう。ゼノンが否定できない完璧な状況で話を聞かなければ何も進まない。ならば王子に直接話してもらうのが一番だが、そうすると顔を合わせることとなり、王子が探している女性の正体に気づいてしまうだろう。  何か、何か良い方法は無いだろうか。そう悩みに悩み続け、そしてふと、名案を思い付く。  顔を見せることなく、王子と話す方法。その機会があるということを。

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