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第19話
静かな空間で、頬を撫でる風が心地よい。どうやら思っていたよりも自分の身体は火照っているようだ。誰もいないことだし、少しくらい仮面を外しても良いだろうか。そう思って仮面に手をかけた時、カサッと足音が聞こえた。
姉が戻ってきたのだろうかと視線を向ければ、そこには確かに姉の姿がある。そして姉の後ろにもう一人、仮面をつけた男の姿。
(誰……)
一瞬姉の婚約者かと思ったが、髪の色が違う。姉の婚約者は藍色であるが、今見える男は美しい金髪だ。鬘という可能性もあるが、それにしては美しすぎる。
「弟のゼノンです」
いつの間にか仮面を取っているアナスタシアがゼノンに近づき、隣に立つ。姉がゼノンを紹介すると、男はスッと仮面を外した。現れた美しい顔にゼノンはハッと息を呑む。そこには何故か、婚約破棄を言い出したアトラス王子が立っていた。
「ね、姉さま……」
王子に聞こえないよう小声で姉の腕を引く。しかし姉は大丈夫だと言って微笑むだばりだ。その様子に、ゼノンは図られたと察し眉根を寄せる。
姉はゼノンが疲れることまで予想してこの仮面舞踏会に連れてきたのだ。そしてこの庭に連れてきて、王子と対面させた。ここならば明かりの関係で王子の姿を見ることは可能であるが、ゼノンの姿はボンヤリとしか見えないうえに仮面をつけている。プリスカの店にいた女性がゼノンだとバレる可能性もないだろう。女装していたと気づかれたくないゼノンにはありがたい気遣いではあるが、そこまでして姉は何を考えているのか。
「君が、ゼノン=ディストリアノス伯爵令息か。すまない、私が君に会いたいと姉君にお願いしたのだ」
姉と王子がどのように連絡を取り合い、何を話したのかなどゼノンの知るところではないが、ゼノンにはわざわざお忍びでこのような舞踏会にまで足を運ぶ王子の意図が良くわからない。
もう婚約者ではない相手に、いまさら会ってどうするというのだろうか。
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