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第26話

「ゼノン、あなたと気づかず婚約破棄をしたいなどと言って振り回したこと、本当になんと詫びれば良いのか。このようなことを言えばなんと身勝手なと思われるだろうが、もしも私に許しをもらえるなら、今度こそ、あなたを求めさせてほしい」  真摯に告げる王子の言葉が偽りだとは思わない。むしろこの上なく誠実であろう。その言葉を、姿を見て、ゼノンは先程までグルグルとせわしなく意味のない焦りを抱いていた頭がスッ――と静けさを取り戻すのを感じた。だがそれは以前感じた失望などではない。 「僕は……女性ではありません」 「わかっている。あなたの姿をしっかりと見たのは今日初めてとはいえ、勘違いしたのは私だ。すまない」 「王子が愛したのは女性では?」  可愛らしいドレスを着た、女性であるはずだ。しかしゼノンは、女性にはなれない。だが王子は、その言葉に笑みを浮かべる。懐から取り出したものを、ゼノンの腕に嵌めた。あの日、プリスカの店で買った、青いブレスレット。 「愛したのは見た目ではなく、その心だ。あなたの心が、その勇気が、私には眩しく、美しく、愛おしかった。傍にいてほしいと、愛することを許してほしいと、そう願った。信じられないというのなら、信じてもらえるまで何度でも言おう。あなたが――ゼノンが愛おしい。ゼノンの傍に居させてほしい。ゼノンを愛させてほしい。この手を、取ってほしい」  どうか、と王子はゼノンに手を差し出す。その手をゼノンはジッと見つめた。 「僕は、嫌いなモノが多いのです。人の醜さも、闇も、嫌いで嫌いで、逃げてしまいたい。僕は素晴らしい人なんかじゃないのです。優しいわけでもない。それでも、王子は僕を愛せますか?」  自分を否定する言葉は、それ以上何かを言われるのを恐れるから。心が壊れるほど他者に傷つけられる前に、自分で傷つけてしまう。無意識のそれに王子も気づいているのだろう、彼は優しく微笑んだまま、ゼノンを見つめた。 「あなたが自分を何と言おうと、あなたの素晴らしさと優しさは私がこの目で見て知っている。あなたが何を思ってあの日、少女に手を差し出したのかは些細なことだ。人には醜さも闇も存在する。私にもあると断言できるだろう。それを嫌うことと、優しくないことは同じではない。むしろそれを当然と思うよりも嫌いだと思える方がよほど良い。逃げたくなるのも心ある人間ならば当然だろう」  とつとつと語る王子はゼノンを安心させるように優しく、優しく笑みを深める。 「あなたが何を心配しようと、それが現実に起こることはあり得ない。私はあなたが好きだ。愛している。その心に偽りはなく、終わりもない。それだけは、信じてほしい」  あぁ、そう告げる王子の瞳は、なんと澄んでいて美しいのだろう。  ゼノンはその瞳を見つめたまま、ゆっくりと王子の手を取る。その瞬間、王子はこの上なく優しく、美しい笑みを浮かべた。 「なんだかよくわからんが、婚約したままで良いということか?」 「ええ、王子が何を勘違いされたのかはサッパリわかりませんが、本人同士が理解して今この状況ならば良いのではないでしょうか」  まるで一枚絵のようにお互いを見つめあう息子たちを、未だに話の流れが読めない父親たちが見つめていた。

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