1 / 14
第1話 幼馴染みのいっちゃん
「だからさ、顔しか見てない向こうが悪いんだって思わねぇ?」
「そうだなぁ。でも圭人 は見た目がまんま美少女だからなぁ」
「じゃなくって! オレ、ちゃんと最初に言ったんだよ? 『顔はこんなんだけど、オレ男です』って。なのに何度も何度も告白してくるし、最後にはストーカーかっていうくらい待ち伏せしてるし」
当時のことを思い出したら眉間に皺が寄ってしまった。だって、ほぼ毎日のように大学に来るし、買い物に行った先でも出くわすなんて、ちょっとしたホラーだろ?
「でも、押しに押された結果、了承したんだろ?」
「……だって、そんなにオレのこと好きなのかなって思ったらさ」
「それに相手はけっこうなイケメンだったし?」
「イケメン……ではあったけど、別にそこ重要じゃねぇからな! たまたま眼鏡が似合ってて背が高いっていう、ストライクど真ん中だったってだけだから!」
そこは強く言っておきたい。自分のことを面食いだとは思わないけれど、譲れないストライクゾーンははっきりしている。
「うんうん、だから相手が男でもオッケーしたと」
「そう! なのにあいつ、いざ付き合い始めたら『ごめん』ってどういうことだよ。しかも『やっぱり女の子がいい』とか、ふざけんなってぇの! オレ最初から何度も男だって言ったのに、それでもいいって言ったの向こうじゃん! それなのに女の子がいいとか、いっちゃん、ひどいと思わねぇ!?」
「そればっかりは性的嗜好の問題だからなぁ」
「じゃあ、最初から男のオレに声かけるなよって話だよな!」
「ごめん、別れよう」と、なぜか青ざめた顔で言ってきた元カレの顔を思い出して、思わず包丁をダン! と振り下ろしてしまった。
「こら、親の仇みたいな切り方、危ないぞ?」
「あ、ごめん。……くっそー、思い出すだけで腹が立つ」
ちょっと乱暴になったけれど、きゅうりの輪切りは終わった。……なんだか分厚いのばっかりなことには目を瞑って、輪切りには違いないからオッケーってことにする。
隣では、いっちゃんが高そうなハムをジュージュー焼いている。相変わらずステーキみたいな謎の分厚さだけど、匂いだけで涎が出そうだ。。
「別れた相手のことなんか忘れな? そんなにカリカリしてると疲れるだろ?」
「うー……、まぁそうなんだけどさ。なんか、見た目だけしか好きになってもらえないんだなって思ったらさ……」
よく考えたら、昔からそうだった。
初めて告白されたのは幼稚園のときで、相手は同じりんご組のななちゃんだった。ツインテールのかわいい子で、「けいくんかわいいから、好き」ってコクられた。それからはいつも一緒に遊んだりおやつを食べたりしたけれど、いつも「かわいいね」って言われるばかりで、なんだか女の子同士みたいな感じだった。
ななちゃんとは幼稚園の卒園式を最後に会わなくなって、オレの初恋もそのとき終わった。
小学生のときには五回、女の子に告白されて付き合ったりもしたけれど、どれもドキドキっていうより女の子同士みたいな感じで微妙だった。そもそも告白からして「かわいいから好き」っていうのがダメだったんじゃねぇかなと思っている。
中学に入ったら、今度は男にも告白されるようになった。そのとき必ず言われるのが「すごくかわいいから」って言葉だ。女子からは「かわいいイケメン」で、男からは「女子よりかわいい」ってことで告白された。
当時のオレは、好きになってもらえるのがうれしくてすぐにオッケーしていた。でも、結局は続かない関係ばかりだった。
これじゃあダメだと思って、高校では簡単にオッケーしないようにって考えた。……思っていたはずなんだけど、結局何度も告白されるとうれしくなってやっぱりオッケーしてしまった。
だってさ、そんなに何度も来られたら「そんなにオレのこと好きなの?」って絆されちゃうんだよな。でも、結局毎回微妙な感じになって、そうして別れるのがお決まりのパターンになっていた。
大学に入ってからは、ますます恋愛なんてどうでもいいやって思うようになった。それなのに、めちゃくちゃ言い寄られるとやっぱりオッケーしてしまって、そうして簡単にバイバイされる。
「それにしても、圭人 は昔からモテモテだな」
「……本気でオレのこと好きだって人は、一人もいなかったけどな」
「そんなことないだろ? みんな一生懸命告白してたように聞こえてたけど」
「最初だけだよ」
こんがりいい匂いに焼けた分厚いハムを皿に載せながら、いっちゃんが「そうだったっけ?」と首を傾げている。
いっちゃんは、家が隣同士で九歳年上の幼馴染みだ。年はまぁまぁ離れているけれど、昔からいつも一緒に遊んでいた。高校受験も大学受験も家庭教師みたいに教えてくれたし、本当の兄貴みたいに思っている。
いっちゃんは大学生になってから一人暮らしをしてるんだけど、オレはちょくちょく、……結構な頻度で遊びに来ている。気がついたら着替えの服に下着、それにオレ専用の枕まで置いてある状態だ。
そんな兄貴的存在のいっちゃんには昔から隠し事なんてなくて、むしろ恋愛相談には積極的に乗ってもらっていた。相談っていうよりオレが勝手にベラベラしゃべっているだけなんだけど、くだらない話でもいつも最後まで聞いてくれる。それにいっちゃんは男同士っていうのも気にしないみたいだから、元カレの話もできてありがたいんだ。
いっちゃんいわく「僕の周りにも女性同士、男性同士のカップルがいるからね。いまどき普通じゃない?」ってことらしいけど、そうなのかはよくわからない。まぁ、オレも男に告白されることがちょくちょくあるから、世の中そういうものなのかもしれないなぁとは思い始めている。
そういうこともあって、いっちゃんはオレの恋愛遍歴ってやつを全部知っていた。そうして今日、通算八人目の元カレの愚痴を聞いてもらっているところだ。
数カ月前には二十人目の元カノの愚痴を話した気がするけれど、それはオレが浮気性だからじゃない。毎回、オレのほうがフラれているんだ。ひどいときは最短で一週間なんて相手もいたし、長くても一ヶ月もつかもたないかだった。
そのせいで元カノ元カレの数はびっくりするくらい多いのに、オレはいまだにそういう経験がない。っていうかさ、キスすらしたことがないなんて自分でも「ウソだろ?」って思う。これまでそんな雰囲気になったこともあったけれど、なぜかする前に別れることになるんだ。そういうとき、なぜか相手が青ざめたり変な顔をしていたりするんだけど、オレってそんなに引くくらいがっついて見えるんだろうか。
(……そりゃあ、ちょっとはがっつくこともあるけどさ)
だって、付き合ってたらそういうことしたくなるのが普通だよな? それなのに、いい雰囲気になった途端に青ざめるとか、本当に何だっていうんだよ。
「はい、完成。その厚切りきゅうり、お皿に入れちゃって」
「はーい」
レタスとトマトの入った皿にきゅうりを入れたら、いっちゃんが砕いたアーモンドをパラパラ散らしてくれた。オレ、サラダにアーモンドかけるの好きなんだよね。って言っても、いっちゃんに食べさせてもらったので知った味だけど。
それにいっちゃん手作りの玉ねぎドレッシングをかけて、あとはチンしたベーグルとコーヒーで朝ご飯の完成だ。
「いつ見てもオシャレな朝ご飯だよなー」
「そう? 普通じゃない?」
「いやいや、普通の家で朝ご飯に分厚いハムのステーキとほかほかベーグルなんて出てこねぇって」
少なくともオレの家じゃ食べたことないし、歴代の元カノ元カレの口からも、自宅でこんな朝ご飯を食べるなんて聞いたことがない。
「いつもはもっと簡単なものだよ。こういうちゃんとした朝ご飯は、圭人 が泊まりに来たときだけ」
「えぇー、ほんとに?」
「育ち盛りの圭人 のために頑張ってます」
「育ち盛りって、オレもう十九なんだけど」
「そうだった。いやぁ、子どもの成長って早いなぁ」
「なにオッサンみたいなこと言ってんだよ」
「だってピチピチの大学生から見たら、僕なんておっさんだよ? もう二十八だしね」
「二十八でオッサンだったら、オレの親父はどうなるんだよ。ジイサンになっちゃうだろ」
「あ、そっか、それはまずい。おじさんには内緒だぞ」
最近、白髪が目立ち始めたのを気にしている親父の話になって、いっちゃんが「年のこと言ったら怒られる」って笑っている。
いっちゃんは、いまみたいに自分のことをオッサンだと言うことがある。でも、はっきりいって年齢不詳にしか見えない。
細い銀縁眼鏡に何もいじってない短めの黒髪のいっちゃんは、背は高いけれど正直オシャレって感じはしない。とくに大学院に通うときは、オシャレっていうより真面目な学生って感じだ。
そんないっちゃんは、大学では民俗学っていうのを勉強している。大学を卒業してしばらくしたあと、今度は別の大学の大学院に通い始めたって聞いたときはびっくりした。だって、どんだけ勉強が好きなんだよって突っ込みたくなるだろ? オレは入れればいいかってだけで選んだ大学だから、正直卒業した後まで通いたいとは思わない。
「そうだ、週末はどうする?」
「んー、家にいると手伝いとかうるさいから、泊まりに来ていい?」
「いいよ。父さんまた海外らしいから、ちょっと掃除しに実家に戻るけど、そのあと一緒にこっちに来ようか」
「うん、そうする」
そっか、おじさんはまた海外なんだ。
いっちゃんのお父さんは有名な研究者とかで、年中海外に行っている。あちこちの国に行っては古い本を読んだり何か調べたりしていて、とても忙しいらしい。
……なるほど、いっちゃんが大学院に行ってまで勉強したがるのは、おじさんに似ているからだ。ということは、いっちゃんも将来おじさんと同じ研究者になるってことなのかな。そうなると、おじさんみたいに海外に行ってばかりになって、段々会えなくなるってことか。
(…………それはイヤだな)
「どうした? 今日のベーグル、口に合わなかった?」
「へ!? あ、いや、うまいよ。うん、うまい」
「そりゃよかった。今回はブルーベリージャムの割合を少し増やしてみたんだけど、……うん、これはこれでうまいな」
「え!? これ、いっちゃんの手作り!?」
「うん。っていうか、いつもそうだけど」
「えぇ!? マジで!? オレ全然知らなかった! うっわ、ベーグルって自分で作れんだ。やべぇ、いっちゃんの手作りってわかったら、なんか超うまい!」
「ははは、お世辞はいいって」
「お世辞じゃないって! うまいよ、超うまい! ってかさ、いっちゃん何でもできすぎじゃねぇ? 料理もできるし掃除洗濯だっていつもしてるし」
「昔から父さん、ほとんど家にいなかったからなぁ。自分でやらないと、やってくれる人もいなかったしね」
「そ、っか……」
いっちゃんが隣に引っ越してきたのは、いっちゃんが小学校に入る直前だったってお袋が話していた。そのときにはもう、いっちゃんのお母さんはいなかったっていうことも聞いる。離婚したのか別の理由なのかはわからないけれど、聞いちゃいけないことだと思ってオレは何も聞いてない。
いっちゃんが小学校を卒業するくらいから、おじさんは仕事が忙しくなってしょっちゅう海外に行くようになった。その頃から、いっちゃんは掃除も洗濯も料理も自分でするようになったって前に話していた。その合間に、オレと遊んでくれていたんだ。
(オレ、邪魔してなかったかな……)
いっちゃんは何も言わなかったけれど、もしかして……、いや絶対に邪魔していたと思う。いまだって一人暮らしの部屋にしょっちゅう泊まりに来ているし、入り浸っている自覚はある。
自覚はあるけれど、どうしても来ないって選択肢は出てこない。だって、二、三日顔を見ないだけで会いたくなって、つい部屋に来ちゃうんだよな。そのたびにいっちゃんは「おかえり」って笑って迎えてくれる。おかげで自分の家にいる時間より、いっちゃんの部屋にいるほうが圧倒的に多いくらいだ。
(こんなんじゃオレ、いっちゃんに甘えすぎじゃねぇ……?)
よくよく考えたら、いまだって十分にいっちゃんの邪魔をしている気がする。
「厚切りきゅうりをフォークに突き刺したまま固まって、どうした? きゅうりの厚さに打ちひしがれた?」
「いや、違う……ってか、厚切りにしたのオレだし」
「うん、だから自分の包丁さばきに打ちひしがれてるのかと思って」
「いっちゃんひでぇ」
「ははは、練習すれば薄切りもできるようになるよ。少しずつ覚えればいい」
「……うん」
それって、これからもいっちゃんがいろいろ教えてくれるってことだよな……そう思ったら、少しだけにやけそうになった。
オレに料理を教えてくれるのは、お袋じゃなくていっちゃんだ。不器用なオレに「お母さんに教えられることは何もない」と言い放ったお袋とは違って、いっちゃんはいつもニコニコしながら教えてくれる。
今日も包丁を持っていっちゃんの隣で手伝いをした。こういうことがずっと続けばいいなぁなんて思っている。これまでみたいに、そしてこれからもずっといっちゃんの隣にいられたら、すごく楽しいしうれしい。
「さ、食べてしまおう。今日は例の映画、観るんだろ?」
「あ、そうだった!」
今日はいっちゃんも休みだってことで、気になっていたSF映画を一緒に観に行く約束をしていたんだった。
大急ぎで朝ご飯を食べたオレは、いっちゃんが選んでくれた服に着替えた。それから、ぐちゃぐちゃになってた髪の毛を一生懸命整えよう……として、撃沈した。
「……この癖っ毛が悪いんだ」
洗面所の鏡に映るオレの髪の毛は、まるで爆発したみたいに見える。小さい頃から癖っ毛だったけれど、寝起きが一番ひどかった。おまけに茶色が強いせいで、まるで外国人みたいに見える。
「ま、そういうところもコクられる理由なんだろうけどさ」
爆発している頭でも外国の映画のキャラクターみたいに見える。目も大きめだし、ちょっと尖った上唇なんてまさに外国人! って感じだ。我ながらかわいいなと思わなくもないけれど、これで毎回フラれるなんてみんなどうかしているんだ。
そんなことを思いながら鏡の前でウンウン唸ってたら、見に来たいっちゃんが「あはは」と笑い出した。つい口を尖らせてしまったけれど、笑いながらもいっちゃんの手が器用に髪の毛をいじっているのをじっと見る。そうして「はい、できたよ」って、今日もオシャレにまとめてくれるのを待っているんだ。
いっちゃんは、料理だけじゃなくてこういうことも上手だと思う。それに指がすごくきれいなんだ。その指がオレの髪をいじってるのを見るのが、じつは子どものときから好きだったりする。
「じゃ、行こうか」
「おう!」
振り返ると、いつもと違ういっちゃんの格好に思わず顔がにやけた。
今日のいっちゃんは、いつものシャツにチノパン姿じゃなくて、オフホワイトのニットにデニムを着ている。通学のときのいっちゃんが、ほとんどシャツにチノパンという似たような格好をしていることの気づいたのは結構前のことだ。でも、オレと出かけるときは違う格好をする。
別に通学のときの格好が悪いなんて思ってはいないけれど、どっちかっていうとオレと出かけるときのほうがかっこいい気がしていた。なんていうか、真面目っていうよりももう少しこなれている感があって、絶対にいい。
(いつもこんな格好してたら、モテるんじゃないかなぁ)
背が高くてスタイルもいいんだから、こういう格好をしていたら絶対にモテるはずだ。でも、いっちゃん自身はあまり自分の格好を気にしていないように見える。そのせいかはわからないけれど、いまだに彼女の一人もいないようだった。親父もお袋も「逸朗 くん、まだ彼女いないみたい」なんて言っていたし、いままでいた気配すらない。
(なんでもできて優しくて、超優良物件だと思うんだけどなぁ)
いっちゃんの周りにいる人たちって見る目ないんだなと思いながら、いつもよりかっこよく見えるいっちゃんと一緒に部屋を出た。
ともだちにシェアしよう!