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第2話 散々な飲み会
「はぁ~」
「なんだよ圭人 、でけぇため息なんかついて」
「なんでもない」
「昨日もため息ばっかだっただろ。つーか、おととい、いんや、月曜からずっとそんなじゃねぇ?」
「そうだっけ?」
「そうそう、俺も気づいてた。そんなため息ばっかついてたら、幸せが逃げるぞ~?」
「はぁ? なんだよそれ」
「ドラマのセリフだよ」
「あ、それってフジマユが出てるやつだろ? 見た見た!」
周りにいた奴らはドラマの話で盛り上がっている。興味のないオレは窓の外を見ながら、気がつけばまたため息をついていた。
(日曜からだから、……五日かぁ)
今週はずっと、いっちゃんに会っていない。日曜から研究室の全員で古い文献を見に行くっていうことで、泊まりがけで京都に行っているからだ。
帰ってくるのは一週間後の日曜って言っていたからあと少しで会えるんだけど、そろそろ限界かもしれない。
(……いっちゃんのご飯、食べたいなぁ)
日曜の朝、いっちゃんが作っておいてくれた朝ご飯を食べた。でも、朝早い新幹線に乗るいっちゃんはもういなくて、ご飯の横に合鍵とメモが置いてあった。
――ご飯を食べたら食器は洗っておくこと。合鍵置いておくから、戸締りよろしく。
ちょっと尖り気味の文字は、懐かしいいっちゃんの字だった。受験勉強のときに散々見た字だけど、最近はスマホでやり取りしていたから久しぶりに見た。なんだか懐かしくて、……じつは折りたたんで財布に入れていたりする。
(だって、一週間も会えないって思ったらさ……)
気分的にはちょっとしたお守りみたいなものだ。我ながら何をやっているんだと思うけど、どうしても捨てられなかったんだよなぁ。
それに、あんな小さい紙切れなのに、いっちゃんのいい匂いがするような気がして捨てられなかったっていうのもある。
「なぁ圭人 、明日の夜、どうすんの?」
「え? 明日って?」
「なんだよ、やっぱ聞いてねぇじゃん」
「だから言ったろ? こいつ月曜からずっとこんなだって」
「はぁ、ほんとどうしたんだよ」
「いや、どうもしないけど……。で、明日ってなんだっけ?」
「ほら、ハナビと飲み会やるって話だよ」
ハナビ……あぁ、青華 美術大学との飲み会か。学校が近いっていうこともあって、ちょくちょく一緒に飲み会をやっている大学だ。美大ってだけあって変な奴もいるけれど、おもしろい奴が多くて合同でイベントをやったりすることも多い。
「んー、暇だから行こうかな」
「お、マジか!」
「っしゃあ!」
「え? なんでおまえらが喜ぶんだよ」
「いやぁ、おまえが来るっていうとさ、女子がたくさん来てくれるんだよな」
「ま、もれなく野郎どもも来るけど、それを差し引いても女子率上がるからなぁ」
「あー、はいはい」
周りが喜んだ理由を聞いて、あんまり飲み会に行かなくなった原因を思い出した。
オレが飲み会に参加すると女の子がやたらたくさん来る。なんでも“かわいいイケメン”のオレを生で見たいっていうのが理由らしい。そして、女子につられるように男子もそこそこ来る。女子たちを狙ってっていう奴らがほとんどだろうけど、「女子よりかわいいっていう噂の男を見てみたい」って輩もいるんだよな。でもって、その中にはオレに告白してくる奴もいる。
この前別れた元カレは、その口だった。それも半年くらい前に気まぐれで参加した飲み会で目をつけられたらしく、他校なのに校内にまで姿を見せるようになった。オレがいつ講義を取っているのかまで調べたらしくて、ほとんどストーカーじゃないかってくらい追いかけ回されて告白された。
最初は気味が悪いと思っていた。「絶対ムリ」って思っていたのに、何度も熱心に言い寄られているうちに「そんなにオレのことが好きなんだ」なんて思ってしまってオッケーしてしまった。でも、結果はいつもと同じだった。
(……今回は気をつけよう)
いや、一応、毎回気をつけてはいるんだけどさ。
「じゃ、圭人 が参加するってメッセージ回しとくか」
「はぁ? なんだそりゃ」
「おまえはモッテモテだから気にしてないんだろうけど、俺たちにとっては一回一回の飲み会が勝負なんだよ」
「そ、戦場みたいなもんなの。今回女の子ゲットできなかったら、クッソ寂しい夏休み迎えることになるんだからな」
「夏休みって、まだ先だろ……」
「いま出会っておかなかったら、夏なんてすぐなんだよ! 告白して恋人になって、そんでもって夏休みには二人で旅行! 出会いがなかったらお一人サマーなんだよ!」
「そうですか、そうですか。ガンバレー」
「うわっ、ムカつくなぁ。モテる奴の余裕ってか?」
「くっそー。やっぱ顔なのか? 顔がよくないと駄目なのか!?」
「まだ諦めるな! 俺たちにも明るい未来はきっとある!」
「そうだよな! そうだ、これからだ!」
気がつけば周りにいた男たちが「やるぞー! うおー!」と雄叫びをあげていた。オレは面倒くさくなって、「じゃあ時間と場所、メッセージ送っといて」と言って学食を出た。
それにしても、そんなにしてまでも彼女がほしいんだろうか。まだ知り合ってもいない彼女と旅行したくなるもんなんだろうか。
オレだって昔はそんなことを思ったりした。でも、付き合うたびに好かれるのは顔だけなんだと突きつけられるばかりで、どうでもいいやと思うようになった。それでも、熱烈な思いをぶつけられるのは悪い気がしない。それに「今度こそ顔以外も好きになってくれるかもしれない」なんて期待して、ついオッケーしてしまう。
(でもって、結局いっつも同じパターンなんだよな)
相手が女子でも男子でも一緒だ。ただオレの顔が好きってだけで、中身を見てくれる人なんて誰もいない。
(今度こそ、簡単にオッケーしないように気をつけないと)
いつもの金曜日なら、いっちゃんの部屋一択だ。それなのに明日は飲み会か、なんて思ったら急に寂しくなってきた。
別に、いっちゃんの部屋に行ったからといって特別楽しいことがあるわけじゃない。部屋でいっちゃんが作ってくれたご飯を食べて、そのあとテレビを見たりゲームをしたりするだけだ。それでも飽きることなんて一度もなかった。ただいっちゃんと一緒にいるだけで楽しいからだ。二十歳になったら一緒にお酒が飲めるんだなぁなんて、いまはそれが楽しみで仕方ない。
(はぁ、飲み会とかちょっと面倒くさいけど……)
でも、自分の部屋に一人でいるよりかはマシなはず。そう思って無理やり気分を上げた。
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「うっほ~。噂よりずっと美少女じゃねぇ?」
「あー、はいはいソウデスカ」
「なになに、ツンデレ?」
「やっべぇ、うちのミスハナビより美少女じゃん!」
「マジマジ、これで男って詐欺だろ~」
あー、うるせぇ。面倒すぎて、もう返事すらしたくない。たっぷりとお酒の入った野郎どもに囲まれて、さっきから延々とこんな状態だ。
最初の乾杯からずっとオレンジジュースを飲んでいるオレは完全に素面だ。そのせいもあってか、酔っ払いどもの言葉が鬱陶しくて仕方ない。酒臭い顔を近づけてくる奴もいて、それだけでイライラした。そんなオレに「ねぇ酒飲まないの? つーか飲めない? マジ? かわいいじゃん!」とか近くで叫ぶなよ、マジでうるせぇな。
お酒を飲まないのは、いっちゃんと約束しているからだ。「二十歳になるまで飲酒は駄目だからね」って、大学入学のときに約束した。とくに飲み会では絶対に飲むなと言われているから、いままで一滴だって飲んだことはない。
そんなオレだけど、一応付き合いもあるからと何度か飲み会に参加した。今回みたいに友達に誘われてっていうのがほとんどだけど、そのたびにウンザリする。
そもそも、乾杯の直後はハナビの女の子たちに囲まれていたんだ。みんな「ヤダ、超かわいい!」だの「かわいいイケメンってマジ!」だの黄色い声ばっかりだったのに、お酒が進むにつれて周りは男ばっかりになって、気がつけば酔っ払いに囲まれている状態になっていた。
それに、さっきからやたらと背中やら太ももやら触られるし、ほんとウンザリする。
(マジで飲み会、二度と参加しねぇ……)
「ちょっとトイレ」
「一人で大丈夫~? つれてってやろうか~?」
「大丈夫っす」
さっきから隣に座って絡んできているのは、たしか彫刻科三年のナントカさんだ。一浪しているらしいからオレの二個上って話だけど、やたらベタベタ触ってくるからちょっと気持ち悪い。いまもトイレについてこようとするのを何とか押し留めたけど、ついてきてどうしようって言うんだよ。……想像するだけで気持ち悪くなる。
オレは「ほんとうぜぇ」と思いながら、通路を何度か曲がってようやくトイレにたどり着いた。
「はぁ、マジで勘弁してほしい」
美少女とかかわいいとかイケメンとか、いい加減聞き飽きた。女子も男子も顔のことしか言わないし、酔っ払った野郎どもの顔には「このままエロい展開にならないかな」って欲望しか見えない。
オレだって健全な十九歳だから、そういう欲がないわけじゃない。でも、ただヤリたいだけなんて思ったことは一度もない。ちゃんと好きな人に告白して、付き合って、それから……なんて夢見ている。
若干恋愛観を拗らせている自覚はあるけど、ああいうヤリたいだけっていう奴らはこっちからお断りだ。
「なんか腹がふくれるものつまんで、さっさと帰るか」
そんなことを考えながら手を洗っていたら、「いたいた」って声が聞こえてきた。正面の鏡を見ると、さっきまで隣に座っていた彫刻科のナントカ先輩がドアを開けて入ってくるところだった。
「なんすか?」
こんなところまで来るなよと思ったからか、鏡の中のオレの眉毛が盛大に寄っている。そんなオレの顔に気がつかないのか、ナントカ先輩はニヤニヤ笑いながら近づいてきた。
「トイレで気持ち悪くなってないか心配で、見に来たんじゃないか~」
「いや、オレお酒飲んでないんで」
「匂いだけで酔っ払う子もいるからね~。大丈夫?」
「大丈夫っす。オレ匂いくらいじゃ酔わないし」
「あはは、怒った顔もかわいいね~」
「トイレ終わったんで、先輩どうぞ」
ニヤニヤしている顔が気持ち悪くて横を通り抜けようとしたら、なぜか腕を掴まれてイラッとした。
「ちょっと、離してくれませんか」
「これだけ美少女だと、ツンデレもすごく似合うけどさ~。ちょっとは笑ってくれてもいいんじゃないかな~」
「はぁ? いや、笑う要素、どこにもないっすけど」
「またまた~。飲み会に来てるってことは、きみだっていろいろ期待してるってことだろ~? 俺、男相手でもうまいよ~?」
「はぁ?」
思わず唸るような声で返事をしてしまった。
「こんな美少女なんだもん、きみ、女の子より男のほうが好きなんだよね~? 今夜もいい男捕まえようって思ってたんだろ~?」
「はぁ? 何言ってんすか?」
「またまた~。隠さなくていいってば。俺、そういうのわかるほうなんだよね~」
「いや、あんたにオレの何がわかるってんだよ。つーか、手ぇ離せ」
「照れなくていいって~」
「照れてなんかねぇよ。って、近づくな、って!」
洗面台に詰め寄られて逃げ場がなくなってしまった。美大生なんてヒョロッとした奴ばかりだと思っていたのに、意外と力があることにびっくりする。
「目元なんか赤くしちゃって、かわいいな~。大丈夫大丈夫、俺、結構うまいからさ~」
「は、なせって……!」
「ほらほら~、暴れたら危ないからね~? 俺ほんとうまいから、お尻だけでイかせてあげることもできるよ~?」
いつの間にか背中に回っていた手で尻を撫でられて吐き気がした。思わず「うっ」と唸ったら、何を勘違いしたのか「もしかして敏感さんかな~?」なんて抜かしやがった。しかも、尻の真ん中にあるデニムの縫い目を撫でるように指まで動かしている。さっきまで感じていたムカムカするような吐き気が、一気にイライラに変わった。
「ほら~、ここを俺のでいっぱいかわいがってあげるよ~?」
ふざけたことを言いながら擦りつけてきた先輩の股間は、あきらかに通常サイズじゃなかった。オレは頭にカッと血が上るのを感じた。
こんなトイレで、しかも同意なんてしてないのに、ふざけんじゃねぇ! 性欲だけで声かけてくるとか、顔しか見てない奴らより何倍もふざけんなって話だろ!
オレはぐぅっと腹に力を入れて、勢いよく膝を蹴り上げるように持ち上げた。
「~~~~……!」
膝は狙いどおり興奮した先輩の股間にヒットしたらしい。腕の力が緩んだところで先輩を思い切り押しのけて、小走りでトイレを出た。
イライラをぶつけるように思い切り膝でどついてやったから、しばらくは復活できないはずだ。同じ男としてどれだけの痛みか想像するのは恐ろしい限りだけど、自業自得だと思ってしばらく悶えていればいい。
(しっかし、迫ってきた男の股間を蹴り上げるなんて中学以来だな)
中学のとき、帰宅途中で変態大学生に声をかけられて公園に連れ込まれたことがあった。あのときは、たまたま前の日にテレビで見た「股間を蹴り上げる」というのが咄嗟に頭に浮かんで、ちょうどよくヒットして逃げることができた。
その話をいっちゃんにしたら、「もっとちゃんと蹴り上げられるようにしような」と言っていろいろ教えてくれた。今回のもいっちゃんに教えてもらった蹴り方だ。何かあったときのために……なんて聞いたときには「んなこと、そうそうあるわけないよ」と思っていたけど、教えてもらっておいて正解だった。
席に戻ったオレは、何もつまむことなくリュックを手にした。
「あれ~圭人 、なんだよ、もう帰るのかぁ?」
「用事思い出した。金立て替えといてくれる? 金額はあとでメッセージ送っといて」
「おー、わかった。気ぃつけて帰れよ~」
いつもつるんでる奴らは、オレが本当は飲み会なんて好きじゃないことを知っているから、無理に引き止めようなんてことはしない。そういうところはいい奴らだと思うけど、飲み会の最中にもうちょっとオレに気を配れよな……なんて我が儘を心の中で言いながら、足は勝手にいっちゃんの部屋に向かっていた。
「勝手に入るのは駄目なんだろうけど、でもほら合鍵預かってるし、何日もいないなら一応様子見といたほうがいいと思うし……」
誰も聞いていない言い訳をゴニョゴニョ口にしながら、そっと玄関の鍵を開けた。当然部屋は真っ暗なままで、なんだか部屋の匂いまで違うような気がする。
いつもはもっとこう、ふんわりいい匂いがしているような気がするんだ。ホッとするっていうか、モフモフのタオルにふわっと包まれるみたいっていうか、そんな感じの匂いだ。
「……なに思ってんだか」
変なことを考えてしまった。きっといっちゃんに会っていないからだと思いながらも、ほっぺたが熱くなってくる。誰にも見られてないのに、ごまかすようにほっぺたをゴシゴシ袖で擦りながら、そっとリビングのドアを開けた。
そこは真っ暗なままで、ハードディスクプレイヤーの時刻がやけに眩しく見える。出窓にはソーラー充電のライトがあって、暗くなると自動で光るはずなのに暗いままだ。
「そっか、カーテン閉めっぱなしだったもんな」
それだけで、いつもと雰囲気が違うからか落ち着かなくなる。それにいっちゃんの気配がしないからか、よけいに寂しくなってきた。そう思ったら、自然と隣の部屋のドアに視線が向いた。
「……失礼しまーす」
何も言わないで開けるのは悪い気がして、小声でそんなことを言いながらリビングの隣にある寝室のドアを開ける。もちろんそこも真っ暗で、ベッドの枕元にあるデジタル時計だけが光っている。
「……いっちゃんの匂いがする」
どうしてか、そんなことを思った。本人がいないのに匂いがするなんて変なのに、クンクン鼻を鳴らしたら、たしかにいっちゃんの匂いがした。お酒は飲んでいないのに、もしかして匂いだけで本当に酔っ払っていて、そのせいで鼻がおかしくなっているのかもしれない。
そんなことを思ったら、本当に頭がフワフワしてきた。そして、もっといっちゃんの匂いを嗅ぎたいと思ってしまった。
「オレって、ちょっと変態っぽくねぇ……?」
そう思っているのに、足は勝手にベッドのほうへと歩き出す。そうしてボフンとベッドにダイブしたら、いっちゃんの匂いがふわっと広がった気がした。
「……いい匂い」
小さい頃、いっちゃんと昼寝するたびにそう思っていた。いっちゃんはいつもいい匂いがしていて、その匂いを嗅いでいると安心できるからか、すぐに眠たくなる。それはいまも同じで、泊まるときのオレは一分経たずに寝てしまうくらいだ。
「ふぁ……」
いまもいっちゃんの匂いがするからか、条件反射であくびまで出てきた。今日は久しぶりの飲み会で疲れたし、最後は変態男に迫られたりで散々だった。
「……変態の匂いがする」
ナントカ先輩のことを思い出したら、そんな気がして無性にイラッとした。匂いの原因は触られたり股間を押しつけられたデニムに違いない。オレは寝そべったまま、ゴソゴソ動いてデニムを脱ぎ捨てた。
これでもういっちゃんの匂いしかしないはず。いっちゃんが帰ってくるのは日曜だから、明日起きてからベッドをきれいにしておけば大丈夫。
そこまで考えたオレは、スコンと気絶するみたいに眠ってしまった。
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