夏休みになってから、オレはひたすらいっちゃんのことばかり考えるようになった。一番考えるのは、いっちゃんで抜いてしまうことだ。 　そりゃあ前からいい匂いを嗅ぐとムラムラしたり股間が元気になったりしていたし、すでに何回か抜いてもいる。でも、こんなに毎日のようにいっちゃんをオカズにしたことはなかった。 　大学で気持ち悪い男に声をかけられた日に抜いてからというもの、いっちゃんのいい匂いを嗅ぐだけでムラムラしてしまう。ダメだって思っているのに、トイレや風呂で何度も抜いている。いっちゃんが部屋にいてもだ。 　しかも一回だけじゃ収まらなくて、二回、三回と連続で抜くこともあった。いくら若いからって、いっちゃんでこんなに抜くなんてオレはどうかしてしまったに違いない。それに……。 「こんなオレって、気持ち悪いよな……」 「なに？　何か言った？」 「な、なんでもない！」 　キッチンで肉を焼いていたいっちゃんが振り返っただけで、ちょっとムラッとしてしまった。 （ほんとにオレ、どうしちゃったんだよ） 　こんなふうに考えるくらいムラムラして悩んでいるのに、夏休みになってからというもの、ほとんど毎日のようにいっちゃんの部屋に来ている。お袋から「食事代持っていきなさい！」って言われてしまうくらいには入り浸っていた。 （オレってバカじゃねぇの……？） 　いっちゃんの部屋に来たら、たとえ本人がいなくてもいい匂いがしてムラムラが止まらなくなるっていうのに何をしているんだろう。冷静に考えると本当にバカなんじゃないかと思う。 　わかっていても、どうしてもいっちゃんに会いたくて部屋に来てしまった。そのうえ「泊まる？」なんて聞かれると「うん」って即答してしまうオレは、やっぱりバカだ。今日だって条件反射で「泊まる」って答えてしまったけど、そんなの自分の首を絞めているとしか思えない。 　これじゃあダメだと思って会わない日を作ったりもしたけれど、そういう日もいっちゃんのことばかり考えてしまった。むしろいっちゃんのことを考えすぎて、無意識にいっちゃんの匂いを探してしまったくらいだ。 　そう考えたら、オレの日常のほとんどがいっちゃんに占められているような気がする。毎日いっちゃんのことばかり考えて、むしろ思い出さない時間のほうが短い。 　これじゃあまるで病気みたいだ。寝ても覚めてもいっちゃんのことばっかりなんて、それじゃあまるで……。 「オレがいっちゃんに……」 （……恋してるみたいじゃん） 　そう思ったら、一気に体が熱くなった。 （……え？　マジで？　オレっていっちゃんのこと、そういう意味で好きだったってこと？） 　小さいときからオレはいっちゃんのことが大好きだった。お袋が「どれだけ逸朗(いつろう)くんにべったりなのかしらね」って笑うくらい好きな自覚はあった。でもそれは、兄貴を慕うって意味で好きなんだと思っていた。 　でも、兄貴を思い浮かべながら抜く弟なんているはずがない。いっちゃんのいい匂いがするだけでムラムラするなんて、いくら好きだとしても完全に病気レベルだ。 「……マジか」 　いっちゃんのことがそういう意味で好きだったなんてびっくりだ。しかも相当重症な気がする。でも、それならムラムラするのも、いっちゃんで抜いてしまうのも納得できる。 「すごい顔してるけど、大丈夫か？　もしかしてお腹痛いとか？　それなら肉、やめとくか？」 　近くからいっちゃんの声がしてびっくりした。顔を上げたら、ソファの上でクッションを抱きしめていたオレを心配そうな顔が覗き込んでる。 「え!?　いや、全然平気だし！　肉、めっちゃ食えるし！」 「それならいいけど、無理はするなよ？」 　心配そうな顔をしているいっちゃんを見て、ものすごく申し訳ない気持ちになった。だって、まさかいっちゃんで抜いた自分のことを思い出して考え込んでいた、なんて言えるわけがない。 　結局、夕飯の間もシャワーを浴びている間も、オレはいっちゃんのことばかり考えていた。っていうか、どこにいてもいっちゃんの匂いがするから、いっちゃんのことしか考えられなかったんだ。それに目の前に本人もいるから、つい目で追ったりしてますます気になってしまう。 　こんなふうだから、いつもどおりベッドで一緒に寝ても隣が気になって寝られなくなるのは当然だ。 （っていうか、なんで一緒に寝てんだよオレ！） 　いっちゃんのベッドは大きいけれど、並んで寝れば体のどこかはくっついてしまう。そうすると、どうしてかいっちゃんの匂いをすごく感じてドキドキが止まらなくなった。 （でもって、ドキドキするともれなく下半身が……ううぅ） 　そう、下半身がどうしようもなく元気になってしまうんだ。わかっているのに、今夜もいっちゃんの「寝ようか」って言葉に「おう」と返事をして、いつもの流れで並んで寝転がってしまった。 （オレ、ほんとバカじゃねぇの……） 　こっちを向いて寝ているいっちゃんを見るだけでドキドキする。 　それに、いっちゃんの寝顔がいつもと違って見えて、ますますドキドキ……、いや、ムラムラした。眼鏡をしていないからか、小さいライトに照らされているからかはわからないけど、いっちゃんがいつもよりかっこよく見えてしょうがない。 （いっちゃんって、よく見たら結構かっこいいよな） 　いつもはただの真面目な学生って感じだし、オレと出かけるときはまぁまぁかっこよく見えてもオシャレなイケメンって感じはしない。でも、いまのいっちゃんの顔は本当にかっこよかった。眼鏡をしてないほうが絶対にかっこいいと断言できる。 　そういえば、寝ているいっちゃんの顔をじっくり見たのは初めてかもしれない。だって、いっつもオレのほうが先に寝てしまうし、起きるのはいっちゃんが先だからだ。 （そういや旅館でもいっちゃんの寝顔、見たっけ） 　あのときは暗かったから、いまみたいにちゃんとは見えなかった。かっこいいなぁなんて思って見ていたわけでもない。 （じゃあかっこよく見えるのは、オレがいっちゃんのこと好きだって気づいたから、とか……？） 　そう思ったら、ブワッと顔が熱くなった。 （オレ、何思ってんだよ！） 　こんなの、恋する乙女みたいじゃんか！　何人も元カノ元カレがいたのに、いまさら何を思ってるんだか！ （は、恥ずかしい……！） 　いまのはナシ！　って思っているのに、一度「好き」って思ってしまったオレの体は、どんどん熱くなった。そのせいでますます下半身がムズムズしてきて、股間もグッと元気になってくる。 （……やばい） 　壁際で寝ているから、オレに逃げ場はほとんどない。気づかれないうちにトイレで抜こうと思っても、いま起きたらいっちゃんを起こしてしまうんじゃないかと思って起き上がれなかった。 　だって、目を覚ましたいっちゃんに元気な股間を見られでもしたら、あまりにも恥ずかしすぎる。それに、もしオレがいっちゃんを好きだってことまでバレたら……。 （いっちゃんが、そういうのに偏見持ってないってのは知ってるけど） 　でも、ずっと弟みたいに思ってきたオレがそんな目で見ていたなんて知ったら、気持ち悪いって思うかもしれない。いままでみたいに仲のいい幼馴染みじゃいられなくなるかもしれない。 （……それは、絶対にイヤだ） 　そう思っているのに、どうしてかオレの下半身はどんどんムラムラしてきて、股間もさらに大きくなってしまった。 「もう、なんなんだよ……」 　収まらない下半身に泣きたくなって、ボソッと声が出てしまった。 「ん……」 （しまった、起こした!?） 　いっちゃんの声が聞こえてドキッとした。慌てて顔を見たけれど目は瞑っているし、起きたわけじゃないように見える。 　ホッとしたオレは、とにかく下半身が落ち着くまで壁にくっついていることにした。念のために尻を壁にくっつけて、いっちゃんからできるだけ体を離しておきたい。そう思って体を少し動かしたら、いっちゃんの体まで動いてびっくりした。 （ぅわっ） 　ほんの少し動いたいっちゃんの指が、いっちゃんのほうを向いていたオレのお腹にちょこんと当たった。指が触れた瞬間ビクッと動いてしまったからか、そのままいっちゃんの指がスルッとすべってオレの股間に当たってしまった。 「……ッ！」 　ほんのちょっと指が当たっただけなのに、元気になりかけていた股間が一気に起き上がった。それどころか、抜いてもいないのにチョロッと何かが漏れたような気がする。 （オレ……、オレ……） 　こんなことは初めてだ。溜まっていたとしても、ほんのちょっと指が当たったくらいでこんなになるなんて自分でも信じられない。 　やばいと思った。こんなの、さすがのいっちゃんでも引くはず。隣で寝ているだけなのに、股間をこんなにしているなんて知られたくない。 （いっちゃんに、嫌われたくない） 　ほんのちょっと当たっているいっちゃんの指から離れるため、尻を動かそうとした。ほんの少し尻をずらせば、指はそのままベッドに落ちて離れてくれる。わかっているのに、どうしてかオレの体は動こうとしなかった。 　まるで短パン越しに当たっている指から離れたくないって思っているみたいに動かない。頭では動かそうと思っているのに、体はこのままがいいって言ってるみたいで言うことを聞いてくれないんだ。 「なんで……」 　恥ずかしいしバレたくないって思っているのに、どうして動かないんだ。動かないどころか、もっと指で触ってほしいって腰が揺れそうになる。指どころか手で触ってほしくて、そのまま息子を押しつけたくなった。 「いっちゃん……」 　どうしたらいいのかわからなくなって、つい、いっちゃんの名前を呼んでしまった。 　バレたくないのに、いっちゃんの名前を呼ぶなんてオレは本当にバカだ。それでも、もういっちゃんの名前を呼ぶことしかできなかった。 「いっちゃん」 　もう一度囁くような声で名前を呼んだら、いっちゃんの瞼がゆっくりと開いた。 「いっちゃん……」 　眼鏡をしていないいっちゃんの目は、ライトが当たっているからか真っ黒じゃなくて灰色っぽい不思議な色に見える。その目が、じっとオレを見た。 「圭人(けいと)から、いい匂いがする」 　そう言って、いっちゃんがにっこり笑った。