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C/10 ※

 パジャマのボタンが一つずつ、丁寧に外されてゆく。その作業を、小崎は潤んだ瞳で眺めていた。  頭がぼんやりとして、うまく思考が働かない。これから何が起こるのか、わからないわけじゃない。ただ、それが現実に進行していることが、実感できない。夢のなかみたいだ。  手島の手のひらが肌の上をなぞってゆく。その温もりが心地よくて、小崎は目を閉じた。  手島の手は、いつも温かい。体温の低い小崎とは対照的だ。  秋も深まって、夜になると気温はぐっと下がる。肌寒くて、小崎は肩を震わせた。そこに、やわらかな感触がして、目を開けると手島の顔がすぐ近くにあった。視線が交わって、自然と唇が重なる。気がつけば、パジャマの上着は取り払われていた。手島もトレーナーを脱ぎ捨てている。 「寒いか?」 「……ちょっと」  手島が薄手の毛布をひっぱって、上から覆いかぶせた。 「これでいい?」 「うん」  ああ、と小崎は思う。  抱き合うのだ。手島と。  どうしてもっと早く、こうしなかったんだろうと思う。とても自然なことなのに。なぜあんなに嫌がったのだろう。  愛撫が再開された。首筋、肩、鎖骨、鳩尾(みぞおち)から脇、腰。静かに、でもきっぱりとした意志を持って下がってゆく動きに、やはり少し不安になった。  強引にされたときの恐怖は、今も鮮明に残っている。頭では許しているが、本当をいうと痛いのも気持ち悪いのも嫌だ。しかし、手島がそうしたいというのなら我慢するしかない。最初だけ我慢すれば、そのうちよくなるかもしれない。朦朧とした頭で、小崎は覚悟を決めていた。 「……小崎」  腹部を舐められて、小崎は思わず息をのんだ。手島が毛布の下から小崎を呼ぶ。 「あのさ、力抜けよ」 「え?」 「もう無理やりしたりしないからさ。そんな緊張すんなって」 「……わかんの?」 「わかるだろ、そりゃ。ガッチガチ」  そうならないように酒を飲んだのに。 「悪ィ……」 「別に謝ることじゃないだろ。でもさ、やっぱ嫌なのか。ムリしてんならいいんだぜ、今日じゃなくても」 「いや、やる」  遠慮がちな手島の声に、小崎は即答した。 「あの、日をのばしてもやっぱ、緊張するもんはするから」 「……まあ、そうだけど。でもなんで緊張してんの」 「そ、そりゃするだろ。普通」 「ふうん。それ、やられる側だから? 俺、おまえに(さわ)れて嬉しいけど」 「それは、俺だって、う、嬉しいけど」 「嬉しい? 俺に(さわ)られて?」 「ッつーか、あの、何言ってんだよ、さっさとやれよ」 「おまえ、情緒もムードもねエな」 「どっちが」 「じゃ、お言葉に甘えて」  手島は毛布にもぐり、小崎の腰骨にキスをした。ざわり、と肌が震えた。  すぐに下りてゆくかと思ったが、手島は腰周りを丹念に愛撫するだけで、なかなか性器に()れようとしない。まだ、パジャマのズボンも下着もつけたままだ。いいかげん、勃ちあがっているのが自分でもわかる。そのじれったさに、小崎は歯噛みした。手持ちぶさたの両手で顔を覆う。  早く。  思わず、声に出そうになった。はっとして、口をつぐむ。まだ、理性は残っている。いくらなんでも、自分からねだれない。  待ちかねたところに、手島がようやく衣服をはぎとった。素肌にシーツがあたる。上半身ならともかく、剝出しの尻がシーツに触れる感触は新鮮だ。それだけに、今がどんなに特別な状況か認識させられる。  小崎は、できるだけ考えないようにした。手島の目の前に、小崎のそそりたった性器がある。かろうじて毛布に包まれていることが救いだ。その視線を直視せずにすむ。 「あっ」  唐突に、今まで感じたことのない感触が下腹部を襲った。 「え、ちょ、てしまっ」  頬が熱くなる。可能性がないわけではなかったのに、想像してなかったので小崎は困惑した。手島が、小崎のモノを咥えている。 「な、なな、何してんだよ、や、やめ」  裏側を舌でなぞられ、小崎は抗えなくなった。あまりの衝撃に、声が出せない。  幹の付け根から亀頭の周りまで、丁寧に舐められた。かと思うと扱かれる。それだけで、小崎は意識をとばした。  快感に、翻弄される。  おかげで、両膝を割られていることにしばらく気づかなかった。立てた膝の片方が、毛布からはみ出している。でも今はそんなこと、どうでもいい。 「……あぁ」  羞恥も理性もどこかにいってしまった。快感だけが頭の中を支配している。  そのとき、割られた尻の谷間に手島の指が滑りこんだ。 「あ」  一瞬、身体が強ばる。でも、手島は決して急がなかった。 「てしま」  小崎のモノを丹念に愛撫しながら、後ろの入り口をそっともみほぐしてゆく。やわやわと押されるのは、痛くもなく、まだ気持ち悪くもない。ほっとして、小崎はまた、与えられる快感に身を委ねた。周辺を、なでられたりさすられたりするうち、後方に感じる違和感も薄らいでいった。唾液か、先走った精液かわからないものが、幹を伝って落ちてゆく。そのせいで、ほぐされる入り口も湿り気を帯びた。  く、と指が差しこまれたとき、小崎はその感触に驚いた。意外なほどあっさりと、そこは手島の指を受け入れたからだ。 「あ……れ?」  はっとしたのも束の間、手島が舌の表面を使って、幹の裏のすじばったところを大きく舐め上げた。 「ひゃ」  力が抜ける。そのすきに、指はすすっ、と奥まで入りこんだ。 「あ……、何」 「大丈夫か?」  股の間から手島の声がする。小崎の頬がかっと赤らんだ。 「う……ん」 「これは?」  指が、静かに抜き差しされる。奇妙な感覚だ。でも、さほど嫌じゃない。 「だ……いじょう、ぶ」  くい、と、指先で性器の先端を弄られた。思わず背がしなる。その間も後ろの指の動きは止まらない。 「増やすぞ」  言葉と一緒に、後方の圧迫感が増えた。 「あ」  苦痛を感じる前に、また性器を咥えこまれた。そっちに意識を奪われる。 「あ、手島、待って」  後ろの指はゆるゆる動く。対して、舌は乱暴に蠢いた。小崎はすでに、そのどちらに感じているのかよくわからなくなっていた。手島の指は、よく動く。さして抵抗もなく入りこめるのは、どこもかしこも濡れているからだ。ときおり、淫靡な音が聞こえる。  羞恥を覚える余裕もなかった。忙しなく押し寄せる快感に、抗うすべもない。 「いけそうかな」  つぶやく声がして、差しこまれる指が早くなった。 「あ、あ」  前を扱く手も早い。それだけでもう、達してしまいそうだ。 「待って、手島、やばい」 「え、まだイクなよ」  ぱっ、と、性器から手が離された。疼きが腰のあたりにわだかまる。そんなところで止められると、もどかしくて変になりそうだった。いっそ、一度イカせてほしい。 「三本だ」 「え」  後方の圧迫感が、更に大きくなった。  でももう、小崎には不安も恐怖もない。それが怖いものでないことは知っている。さらなる快感を呼ぶものであることも。 「どう?」 「あ、へい……き」 「嫌だったら言えよ」  ゆっくりと前後する指の動きに、小崎は意識を集中させた。おかげで、自分の発した答えに気をとめなかった。 「い……やじゃ、ない」  つぶやきが聞こえたのか、手島は毛布から顔を出した。指は差しこんだままで、小崎は目を合わせられず、あわてて顔をそむける。 「嫌じゃない?」  声音はひどく優しい。答えかねて、横をむいたまま薬指の爪を噛んだ。手島にとって、答えはそれで十分だった。そのまま、小崎の反応を見ながら指を動かしてゆく。  見られていると思うと、小崎は気になって呼吸を押さえた。目や口元に力が入る。 「おい、」  身体を起こした手島が、胸の突起をぞろりと舐めた。 「あっ」 「がまんするなよ、もったいない」  そのまま、唇を重ねてくる。 「……ん」  大きく口を合わせて、深く吸う。舌をからめて、ねぶる。小崎はそれでようやく力が抜けた。至近距離なら表情を見られない。 「あ……」  口を離した瞬間に、声が洩れる。もう、前は触られていないのに、後ろの指だけで感じている。いつからか、もっと快感を欲している。まだ、足りない。こんなものじゃない。 「てしま……」 「ん?」 「おれ」 「……どした」  目を合わせる。小崎は、自分から手島を引き寄せてキスをした。深く、深く吸って、舌を差しこむ。それに答えて、手島の舌もからんでくる。 「……も、だめだ。小崎」 「え?」 「俺、がまんできねェ」  指が引き抜かれる。ふっ、と、後ろが軽くなった。そのかわり、物足りなさが残る。と思った矢先、熱く湿ったなにかが押しあてられた。 「手島」 「入れるぞ」  ぐ、と先端が押し入ってきた。思わず力が入る。入り口がひきつれる。 「いた……」 「力入れるからだよ。抜け。少し」 「だって」 「さっきと同じだって。ほら」  前の昂ぶりを、手のひらで包み込まれた。親指の腹で、先をなでられる。 「あ」 「そ、そんな感じ」  力が抜けたところに、ぐ、ぐ、ぐ、と押しこまれた。先程までとは比較にならない圧迫感に、息がもれる。 「あ……、てしま」 「ん?」  手島は、小崎が先にイッてしまわないように、昂ぶりを扱かずにゆるくなでた。同じようにゆっくりと、自分のモノを小崎の中へ沈め込んでゆく。 「手島、て、しま」 「んー?」 「や、……もう」 「もう少しだ。もう、半分以上入ってる」 「やだ……」 「え、やなのか?」 「ばか」 「え、どっち」 「あ……」  背をしならせて、小崎は眉をよせた。わずかに開いた唇からは、吐息とも呻きともつかない声が洩れている。嫌がっているふうではない。手島は思いきって、最後まで埋め込んだ。 「あっ……」  小崎が顎を高く上げ、咽を(あらわ)にする。咽仏の上のすらりとしたところを、手島は身をかがめ、優しく()んだ。 「小崎」 「……え」 「入ったぜ、全部」  小崎は顎をひき、手島を見上げた。その眦は潤み、頬は上気して、息は荒い。 「うん……」  手島は、わずかに残っていた理性を総動員した。  無意識だろうが、小崎の表情はいつもにましてエロい。まだ窮屈な小崎の中で、手島のモノは更に張り詰めようとしていた。そして、激しい律動を求めている。もちろん、そんなことをしたら小崎が壊れてしまうことはわかっている。だからこそ、必死にがまんした。 「な」 「え」 「動いていい?」 「……ん。ゆ、っくり……な」  手島は、冗談みたいにゆっくりと、腰を動かした。  こんなに相手のことを考えて、丁寧にセックスしたことなんてない。いつも欲望と勢いに任せていた。相手だってそれでよさそうだったし、手島にとっては欲求を解消するためだけの行為だった。  静かに引き抜くと、小崎は眉間をゆるませて息をはく。く、と押しこむと、息をつめて眉をよせた。それを幾度か繰り返すと、唇がわずかに開いてくる。 「あ……」  相手の表情を見ることなんて、ほとんどしたことがなかった。いつも夢中で、そんな余裕はなかった。今は、小崎がどんなふうに感じているか気になってしょうがない。 「小崎……」 「……ん」 「こさき」 「あ……」  少しずつ、少しずつ動きを早くする。小刻みだったのを、大きくする。落ち着かないのか手持ちぶさたなのか、小崎はいつのまにか手島が両脇についた腕をつかんでいる。 「あ、あ、」 「小崎」  たまらなくなって、手島は小崎に覆いかぶさると唇を重ねた。小崎の口内を存分に味わって、深くえぐるように抜き差しを続ける。 「……や」  唇を外した隙間に、何かを懇願するような切ない吐息がもれた。手島の背を掻き抱くようにまわされた小崎の手が、汗ばんでひどく熱い。 「……こさき、俺」 「……え……」 「悪ィ、も、イキそ」  いつもはこんなに早くない、と、言い訳しようとしてやめた。小崎とは初めてなのだ。よけいなことは言わないに限る。  身体を離すと、手島は起き上がって小崎の膝の下に腕を差しこみ手をついた。後はもう欲望にまかせる。がまんは十分した。手島は理性をとっぱらった自分の腰の、したいようにさせた。 「あっ、や……、っあ」  とたんに激しくなった動きに、小崎は思わず身を(よじ)った。行き場を失った手が、シーツを強くつかむ。もどかしくて、自分がどこへ向かっているかわからない。すでに、頭の中は真っ白だった。何も考えられない。どこもかしこも熱くて、酔ってしまったみたいにぼんやりとする。小崎の中で、さらに熱くなった手島が脈打っている。 「てしま……っ」 「っ、え?」 「おれ、……も、ダメ」 「イク?」 「う」 「じゃ、先イカせてやる」  言うや否や、手島が小崎のモノを強く扱いた。快感の奔流が、一気に解放される。 「う……っあ」  白くて熱いぬめりがほとばしったあと、手島がいっそう激しく小崎を貫いた。奥へ奥へと突き込んでくる。 「や、ッあ、あッ」  小崎の内側で、手島のモノがどくんと大きく脈打った。 「……っく」 「……あ」  大きく息をついて、小崎が固く閉じていた目を開けると、力の抜けた手島がかぶさってきた。 「っあ、ちょ、待っ」 「……いい。後でフロ入ろ」  汚れるのもかまわず、手島は小崎を強く抱きしめた。小崎も、ほう、と息をつく。 「すげー……」  ぼんやりとした声で、手島がつぶやく。小崎は、手島の腕の中でうなずいた。 「……ん」 「あー……マジ、やっちゃったぜ」 「ん」 「すげー……ほんと、すげ」 「……ん」  身体を離して、手島は小崎の顔を覗きこんだ。小崎ははっとして、枕に顔をうずめる。 「何。隠れんなよ」 「……い、今見んなよ、今」 「じゃ、いつならいいの」 「……わかんね、そんなの」  手島はもう一度、小崎の頭を抱きかかえた。 「じゃ、いったんフロ行くか」 「いったんって」 「そんで、もっかい」 「ばっ」  真っ赤になって、小崎が顔を見せた。手島は嬉しそうに笑って、あわてふためく小崎の耳元に囁いてやる。 「次からは、ゴムつけような。俺だけでも」  頬を染めながら、小崎は肯定も否定もできずにいる。その顔が可愛くて、手島はさらに口元をゆるませた。  淡い陽射しの中で目を覚ますと、さらりとしたシーツの先、すぐ目の前に手島の顔があった。寝息をたてて、心地よさげに眠っている。土曜の朝は、いつもより静かだ。まだ早朝なのかもしれない。どこかで鳥の声がしている。  おぼろげな意識の中で、小崎は昨夜のことを思い出す。  結局、あの後もう一回した。二度目は、一度目よりもずっと長く、ずっと丹念に……、思い出しかけて、小崎はあわてて思考を停止した。股間が反応しかけている。ただでさえ、朝は元気がいいというのに。  いつもと違う角度で見る手島の顔は、別人のようで奇妙な感じだ。でも、夕べはたくさん見た。間近で、この鼻梁の形のよい、整った顔を。  じっ、と見ていると、不意にその瞼が開いた。 「あ」 「……ん? あ、……はよ」  手島は小崎を認めて、大きく欠伸をする。 「起きてたのか。早ェな」 「いや、俺も、今起きたとこ」 「そんで、俺の顔見てたの」  にやりとして、手島はそんなことを言う。 「なっ、ちが……ちょうどあったんだよ、そこにおまえの顔が」 「別に隠さなくてもいいのに」  手島はごく自然に、顔をよせてきた。キスをする。朝イチで布団の中で、手島とキスをしているなんて、なんだか夢を見ているようだと小崎は思った。なんだ、これ。 「気持ちいいな、なんか」 「……ん」  空気は、暑くもなく寒くもない。シーツや毛布が素肌にあたって心地よい。そしてすぐそばには、手島がいる。その手島は、さりげなくまわしてきた手で、小崎の肩や腕や腰をなでていた。さらさらと流れるようなその感触が、たしかに気持ちイイ。 「一緒にいンのって、いいな」 「……だな」  手島はもう一度、小崎の唇に、それから頬や首や肩にもキスをして、覆いかぶさってきた。片手は性器にのびている。 「ちょ、何してンだよッ」 「何って、もっかい」 「ばッ、あ、朝っぱらから何言って」 「だって、こんなチャンスもうしばらくないって。こんなゆっくりできンの。思い残すことなくやっとかないと」 「な、や、やだよ、こンな明るいのにッ」  それでも小崎は、強引にしたいようにする手島を押し退けられないでいる。  一日はまだ始まったばかりだ。そして、二人の毎日も、まだこれから始まったばかりだ。  外では遅い喧騒が聞こえだしていた。                                  ー了ー

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