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C/9
「……おまえ、うまいな」
フライパンを振る手島の隣で、小崎は感心した様子でつぶやいた。
夕飯が一人分しか用意されていなかった小崎家の台所で、手島は冷蔵庫の中を探って手早くチャーハンを作り始めた。人参や玉葱を刻む手つきも鮮やかなら、小崎でさえ把握していなかった冷凍ごはんを探りあてたのも見事だ。
「うち、ババアが夜勤でいないときとかさ、勝手に食えっつって金置いてくんだよ。親父は飲んで帰ってくるしさ。でもよ、自分で作ればその金好きに使えるだろ? 最初はめちゃくちゃだったけどさ、やってるうちに慣れてくるもんだな」
炒めあがったチャーハンを皿に盛りつけると、向かい合ってテーブルに座った。小崎の前にはコロッケや煮物が並んでいる。それには箸をつけず、小崎は手島のチャーハンを口に運んだ。
「うまい」
「だろ」
「すげえ」
「惚れなおした?」
「バーカ」
軽口をたたきながら箸を動かしていると、そのうち無言になった。小崎は落ち着かなくなってくる。
普段過ごしている夕食のテーブルに、差し向かいで手島が座っている。この奇妙さといったら何だ。
別に、手島が家に来るのが初めてというわけじゃない。中学のときに幾度か泊まりにきたこともある。そのさい、こんなふうにして同じ食卓を囲んだのも二度や三度じゃない。
「なんか、落ち着かねえな」
小崎の心境を代弁するように、手島が言った。食べ終わった皿をどかして、テーブルに片肘をたてている。退屈なのかもしれない。そう思って、小崎はリビングを見渡した。
「なんか、ビデオでも見る? あ、テレビつけるか」
「いい、別に」
「じゃ、音楽とか」
「いいって、なんもなくて」
変に焦る小崎に、手島はゆっくりと破顔した。目を細めて、笑う。
「風呂、入ろうかな」
「あ、じゃあ片付けしとくよ。着替え、後で持ってっとくからさ。シャワーの使い方わかるよな」
「おう。悪いな」
手島が廊下へ消えると、小崎は大きく息をはいた。いつのまにか、ひどく緊張していたことに気づく。手島相手に、いまさら。
手島と入れ違いに、小崎もシャワーを浴びた。始めはごく普通に洗っていたのに、ふと気づいて、急に落ち着かなくなった。思わず全身を丁寧に洗い直してみる。別に裸など、いくらだって見せ合っている。キレイにしたところで意味はない。女じゃあるまいし。
リネンのパジャマに袖を通す。母親の趣味で淡い水色に紺の縁取りのあるデザインだ。手島には、トレーナーとジャージのズボンを貸した。替えのパジャマもあるが、手島にはきっと似合わない。
戸締まりと火の元、電灯の確認をして二階へ向かう。思い立って、冷蔵庫から父親が常備している缶ビールを二本、取り出した。
手島は、小崎のベッドに腰かけてくつろいでいた。雑誌をめくっている。差し出したビールを受け取り、慣れた手つきでプルトップを開けた。
「おまえ、よく飲むの」
「たまにな。ババアにつきあわされんだよ。小崎が飲むのは意外だな」
「まだ、二回目。こないだ父さんにコップ一杯だけもらった」
「え、じゃ、そんなに飲めんの?」
「わかんないけど」
小崎は勢いにまかせて缶を開け、手島の前に座って一口飲んだ。炭酸が咽を滑り抜けてゆく。残念ながら、まだおいしいとは到底思えない。
「ムリすんなよ」
同じように缶を傾けながら、手島は平気な顔をしている。
「学校のやつらとも一回飲んだことがあんだよ。一人暮らししてるやつがいてさ、そいつんちに集まって。ビールのうちは良かったけどさ、日本酒出てきてからはサイアク。記憶とんじまって、次の日起きらんなかったもんな。みんなしてガッコ休んで」
いつのまにか、小崎の知らない手島の部分が増えている。それはしかたのないことだ。いつまでも子供じゃないし、何でも一緒に経験していけるわけはない。
でも本当は、もう少し一緒に成長してゆきたかった。ビールを飲めるようになる速度くらい。
小崎は、半ばやけになってビールをあおった。苦味に、舌の奥がピリピリとする。頭がぼおっとなった。頬が熱い。
「おい、小崎。もうやめとけよ」
「うるせえよ。おまえだけ、けろっとしやがって。どうせ俺は飲めねえよ」
「はいはい。また今度な。今度ゆっくり飲もうぜ」
「一緒に?」
「おう」
「二人で?」
どうやら、缶ビール一本で小崎は酔っ払ってしまったようだった。額も頬も上気して、目元が潤んでいる。唇が乾くのか、しきりに舐めている。仕草はすべて無意識なのだろうが、それがよけいにたちが悪い。
「小崎、おまえ、俺以外のやつと絶対飲むなよ」
「ンだよ、それ。おまえは他のやつと飲んでるくせにー」
「いいから」
空になった缶を取り上げて、手島は小崎の腕をひいた。力を入れる気がないのか、それとも入らないのか、小崎は抗うことなく手島の隣に座った。重たげな瞼で上目遣いに手島を見る。あまりに無防備にすぎる。
「……おまえ、途中で寝たりしないよな?」
「何が?」
「それとも、素面 じゃできないってこと? こんな状態でやっちゃって、後で怒ったりしないよな?」
小崎は、手島の言葉を聞いているのかいないのか、ぼんやりとした顔をしていた。
「でもどっちにしろ、がまんはムリだ」
返事を待たずに、手島は小崎へと顔を近づけた。ゆっくりと唇を重ねる。そのまま重心を移動させ、両手で小崎の肩を押さえながら押し倒した。
「手島ぁ」
「ん?」
「俺、本命なんかいないから」
「は?」
「イヤとか言って、嫌じゃないからな」
「何言ってんの、おまえ」
「本命おまえだから」
酔ったさいの言葉とはいえ、手島は素直に喜んだ。
「おう。俺もだ」
もう一度、深く唇を重ねた。ゆっくりと、長くキスをする。小崎の腕が手島の首に巻きつけられた。こんなに積極的な小崎は初めてだ。やはり、酒の力はすごい。
手島は小崎の頬に唇を落とし、耳たぶを食 んでから首筋へと移行した。
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