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もっと捕らえて.裏 3

* やらかした・・・!! 珀英と20時に待ち合わせだったのに、事務所での次のツアーの打ち合わせが白熱してしまって、終わって時間を見たら22時をすぎていた。 珀英に少し遅れることを連絡した時点では、もうすぐ終わる雰囲気だった。 でもその後、次のツアーのコンセプトややりたい事で色々意見が出てきてしまい、全員でじっくり議論を繰り広げてしまった。 結果、遅くなっても20時すぎに終わると思っていたのに、気付いたらこんな時間だった。 オレはみんなが帰り支度をしているのを横目に、挨拶もそこそこに慌てて事務所を飛び出すと、目の前を通りかかったタクシーを拾って乗り込んだ。 後部座席に座って行き先を告げる。都心の煌(きら)びやかな夜景の中を、多くの車が行き交っている。 その中を縫(ぬ)うようにタクシーは銀座へと向かっている。 オレは座席に凭(もた)れると、LINEの画面を開いて、『ごめん、今から行く』と送った。 すぐに既読になって『気をつけて下さいね』と返事がきた。 やっぱり・・・ずっと待ってたんだ・・・。 オレだったら何の連絡も寄越さず待たされたら、30分も待たずに帰るのに。 珀英のこういうところ、好きだけど。 嫌いだ。 ものすっごく愛されてると実感するけど、同時に申し訳なさが半端(はんぱ)なくて。 まだ怒って帰られた方がましだ。 文句言われて、売り言葉に買い言葉で喧嘩したほうがましだ。 これでは、オレだけが心苦しくて、申し訳なくて。 珀英の優しさに、愛情に溺れて。 オレだけが嵌(は)まっていく・・・。 タクシーが到着するのをじりじりと待って、ようやく見慣れた銀座の街に入る。 予約した店の前の道は一方通行ということで、曲がり角で止めてもらい代金を支払う。 タクシーを降りたオレは、めったに走らないのに、頑張って走って店に向かって、木製の扉を勢いよく開けた。 店の中にはほとんど客はいなくて、閑散(かんさん)としていた。 時間が時間だから、そろそろ閉店なのだろう。 ぐるっと見渡すと、店の奥の席から、優しい笑顔を浮かべた見慣れた男らしい整った顔が、嬉しそうに手を振っていた。 息が上がったまま珀英の座るテーブルまで駆け寄って、 「ごめん・・・本当にすまない・・・」 息を切らしながら、心の底から素直に謝ると、珀英はほっとしたように息をついて、微笑んだ。 「良かった・・・あんまり遅いから、事故かなんかに遭ったんじゃないか、心配してたんですよ。もう少ししたら電話しようと思ってました」 「ごめん、打ち合わせが長引いた・・・」 「だろうと思ってました。出ましょうか」 珀英はいつもと全く変わらない、優しい嬉しそうな笑顔でオレを見つめて、椅子から立ち上がった。 椅子にかけていた黒いロングコートを、羽織って珀英は帰り支度をする。 あらためて見るとテーブルの上には、少しだけ白ワインの残ったワイングラスが置かれていて、食事をしたらしきお皿が何もなかった。 店員さんが片付けたのかな・・・? そんなことを考えていたら、珀英はさっさと伝票を持ってレジへ行く。 せめてものお詫(わ)びに支払いをしようとするオレを牽制(けんせい)して、さっさと支払いを済ませて、オレを促(うなが)すように店を出た。 店の外に出て、オレを待っている珀英を見上げると、その長身の向こうに月が見えた。 綺麗な半月だった。 太陽の光を半分だけ受けている月は、それでも綺麗で何だか眩(まぶ)しく見えた。 珀英は月を背負(せお)ったまま、オレが店から出てくるのを待っていて、オレが側に寄る速度に合わせて、体を反転させてオレの隣をゆっくりと歩き出す。 「ワインしか注文してないのに、長時間居座っちゃって申し訳ないな・・・今度ちゃんとご飯食べに来ましょうね」 大通りまで出るまでの道のりで、珀英がオレの隣を歩きながらそう言った。 「え・・・食べてないのか?」 驚いて珀英を見上げて訊くと、珀英は微笑を浮かべて真っ直ぐオレを見つめる。 「そりゃあ、緋音さんと食べたかったから、食べてないですよ」 「っっっっ・・・!ごめん・・・」 「いや、責めてる訳じゃないですよ」 本当に申し訳なくて、オレは俯(うつむ)いてしまう。 めったに素直に謝らないのに、今日はしおらしいオレの態度を見て、珀英が慌てた様子で言い募(つの)る。 「せっかく緋音さんが誘ってくれたし・・・だから、一緒に食べたかっただけで・・・気にしないで下さい」 「でも・・・」 「また一緒に来ましょうね」 「うん・・・」 大人しいオレを見て、珀英が心配そうにオレの顔を覗(のぞ)き込んでくる。 ふわりと風が動いて、珀英の匂いが運ばれてくる。 少し甘いけど、甘ったるくないスッキリした感じの、いつもの優しい匂い。 反射的に顔を上げる。 口唇が触れそうな距離まで、顔が近づいた。 「・・・っっ・・・!」 びっくりして、オレが慌てて体ごと少し距離を取る。 珀英は少し淋しそうに微苦笑を浮かべると、すっと体を起こして、オレよりも少し前を無言で歩き続ける。 何だよ・・・そんな表情(かお)するなよ・・・だってしょうがないだろ。 こんなところでキスなんか、できるわけないんだから。 「あー・・・なんか食べて帰るか?」 少し気まずくなってしまったので、オレは空気を変えようと提案する。 珀英は何もなかったかのような笑顔でオレを振り返ると、 「いえ、早く帰りましょう」 「でも、腹減ってるだろ?」 「帰って何か作りますよ」 「でも」 「早く二人っきりになりたいです」 珀英はにっこりと、満面の笑顔でそんなことを言う。 こんな所で、いきなり、そんな気障(きざ)なことを言われて、オレはびっくりしていつものように憎まれ口を叩いてしまう。 「バッ・・・カじゃねぇの・・・」 「くすくす・・・早く帰りましょう」 「・・・好きにしろ」 珀英は少し早く歩いて大通りに出るとタクシーを捕まえる。 後から追いついたオレを促して、後部座席に二人で乗り、オレの家までタクシーを走らせた。

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