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目醒めの夏 第1話

 夏でも水が温まない湖。  毎年そこに遊びに行くのがうちの家の恒例行事だった。  その湖に名前があるのかどうかは知らないけれど、俺達兄弟の間では「おじいちゃんとこの湖」で通じる場所だ。  俺と、弟と、まだ小さな妹は夏休みにおじいちゃんの家に行ったら、そこで遊ばせてもらえる。  それなりに大きな湖ではあったけれど、手前側がずいぶんと広い浅瀬になっていて、事前におじいちゃんがロープを結んだブイまでなら安全に遊ぶことができたからだ。    今年やっと四つになった妹が立って腹にも届かないその水辺は、俺と弟にとっては少し退屈ではあったけれど、いつもと違う場所で夏限定の、都会では感じることのできない水の冷たさや足元の小石の感触、それから小さな魚の気配はそれを補って余りある。  その人と会ったのは小便に行くと言って人の目に触れない林の中に入って行った時だ。  数年前のことだけれどよく覚えている。  すっきりして戻ろうとした際、ぱしゃんって水音が聞こえた。  魚が立てるにしては大きすぎるし、もし弟が言いつけを破ってこっちまで来ていたのだとしたら怒らないといけない。  この湖は、手前は浅いけれど途中から急に深くなって危ないのだと、おじいちゃんにさんざん注意されていたから…… 「おい! こっちにきたらあかん言うたやん!」  手前の大きな岩をよじ登りながらそう怒鳴ると、一際大きなぱしゃん……って音がした。 「あれ  」  動いたのは黒い艶のある髪だった。  ちょっと茶色っぽい弟の髪とは全然違ってたし、こちらを驚いたように見上げた顔はまったく見たこともないような人だ。  艶のある黒髪と、それと同じ色の黒い瞳。  夏だって言うのに、俺と違って全然焼けてない白い肌だった。 「わっごめんなさ  」    さっきからの音は、この人が水面を爪先で蹴る音だったようで、俺に見つかってからもその人はぱしゃんと一度水面を爪先で叩く。 「靖治?」  ぽつんと返されて、慌てて首を振る。 「ち、違う! 怒鳴ってごめん!」  知らない人と会話をしてはいけないと言われてたので、大慌てて頭を下げて岩から飛び降りる。 「あっ……あの、ここ『しゆうち』なんやって、他の人入ったらあかんとこやって!」    そう言うと、こっちを見たままの彼は少し困ったような顔をしてからこくりと頷いた。

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