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目醒めの夏 第8話
「そんな……」
ブイを越えて飛び込もうとした瞬間、後ろから伸びた手に引きずり戻されて浅瀬に尻もちをついた。
「あかん! 親呼んでき!」
「ゆうい……」
「早う!」
今まで見たこともないような険しい顔の優一郎がそれだけを叫んで、勢いよく湖の中へと飛び込んだ。
水しぶきに頬を打たれて……
俺ができたのはおじいちゃんの家に駆け込むだけで、ぐっしょり濡れた姿を見てすべてを悟った母ちゃんがおじいちゃんと父ちゃんを連れて湖に急ぐのを震えながら見送るしかできなかった。
おばあちゃんが呼んだ警察や救急車や、近所の男手達に怯えながら湖へと戻ると、ストレッチャーに乗せられている妹が泣きじゃくっているのが見えて……
無事なんだって、少なくとも泣けるぐらいは元気なんだってわかってほっとした。
「母ちゃん、もう一人は?」
「え? 誰?」
「もう一人おったやろ!? 母ちゃん! どこなん!?」
困惑した母ちゃんの顔と、俺の言葉を聞いた周りがざわりと騒ぎ出す。
大事にならなくて安堵の空気が広がっていた場が、一瞬で沈黙に包まれたのが子供の俺でも十分にわかって……
妹が助かってほっとしていた母ちゃんが真っ青になって、それにつれて周りがどっと大騒ぎし始めた。
妹を助けた優一郎の姿がどこにもないはずがない。
優一郎は……
優一郎は?
大人たちが湖の中を探している間中、ずっと泣きながら震えが止まらなかった。
だって、あれから何時間経った?
たった一分息を止めたって苦しいのに……
「おじいちゃん……」
「…………」
いつもはいっぱい話をして、冗談も言って笑わせてくれるおじいちゃんなのに、俺の隣に座ったおじいちゃんは口を真っ直ぐ引き結んで呼吸をしてるのかすら怪しい表情だった。
「おじいちゃ 」
わっと声が上がって、それが「いた」と言っていたのを確かに聞いた。
優一郎が、いた?
弾かれるように駆け寄ろうとした俺を、大人が引き留めようとする。
伸びてくる腕を避けて人垣を抜けたそこに穏やかな顔で横たわっていたのは……
誰が見ても血の気のない顔と左手の指輪のピンクの石が対照的で、眩暈を起こして倒れてしまいそうだった。
「 そん……そんなっ!」
叫んで駆け寄った先の体は、俺が見ても命があるとは思えない。
けれど、
周りのざわめきはそんなことを言ってはなかった。
「 なんだこれ」
「 どう言うことだ」
周りの人たちがざわめき始めて、俺はあることに気が付いた。
優一郎の服が酷くボロボロに朽ちてしまっていて、それに何より真っ直ぐに伸びた足にはロープがしっかりと結ばれていていることに。
「 ──── 優一郎?」
名前を呼ぼうとした俺の頭上から、おじいちゃんの声が聞こえて振り返る。
紙のような真っ白な顔で優一郎の名前を呼ぶおじいちゃんは、横たわる遺体よりもよほど死体らしく目に映った。
END.
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