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午睡の蹲 第1話
昔、「おじいちゃんとこの湖」で小学になったばかりの妹が溺れた。
荷物を引き出すと、もうもうと埃が舞い散るせいかくしゃみが止まらず、たまりかねて庭へと駆け出した。
蝉の声がわんわんと鳴り響く中、熱いのを承知で庭に転がると抜けるような青空が広がって、あのどこかにおじいちゃんとおばあちゃんがいるんだと、少しだけ感傷に浸る。
矍鑠としたおじいちゃんが倒れたのは半年前のことで、亡くなったのは三か月前のことだ。
おばあちゃんが階段から落ちて亡くなって、寂しがってはいたけどそれでもここから離れたくないと独り暮らしをしていたおじいちゃんはあっけなく逝ってしまった。
だから俺は、大学の夏休みを利用して幼い頃よく訪れていたおじいちゃんの家の片付けに来ている。
俺達の家は別にあるし、遠くの山の中の一軒家。
あるのは広さと緑ばかりで、都会の生活に慣れた俺達には持て余す家だったため、思い切って土地ごと手放すことにした。
「あー……っつい」
焼けた地面のせいか背中がじりじりと熱くなってくる。
この家に来たのは、妹が溺れたあの夏が最後だった。
以前から気の強いおばあちゃんに辟易していたのか、それとも俺達子供の知らないところでいろいろあったのかどうかは知らないが、母ちゃんは湖の危険性を切々と訴えてあれ以来ここに来ることはなくて……
「……優一郎」
その名前だけは、しっかりと覚えている。
横たわった白い顔も、無理矢理指にはめた似合わない小さな指輪のことも……
結局、あの事件がどう処理されたかはわからなかったけれど、大学生になった時に古い新聞を調べて分かったことがあった。
あの時の死体が重しのために冷たい水底にあり、腐らずに屍蝋化していたのだと言うこと。
そう、ずいぶんと前に亡くなっていた……
「…………」
青空に伸ばした手が日光を遮って、深い深い影を落としてくる。
もし、あの死体が本当に優一郎だったら?
「…………んなわけあるか」
毎年毎年、夏がくるごとに会っていたあの優一郎が実は死人でした……なんて、そんな馬鹿らしい話があって堪るものか。
「第一、朝っぱらから出る幽霊なんておるわけないやん」
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