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午睡の蹲 第6話

「なんで、そんな鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔するねん」  不貞腐れた気分でそっぽを向いてうずくまりながら岩の表面を指で引っ掻くと、小さなくすくすと言う笑い声が聞こえて…… 「ほんま、ありがとな」  小さな感謝の言葉と、やはり小さなぱちゃんって水音が聞こえた。 「……優一郎?  優一郎っ⁉」  背後から感じるはずの気配の無さに慌てて振り返ると、チカリと光が目を射抜く。 「  っ! くそっ……優一郎!?」  眩しさで目がきちんと開けられ中で手を伸ばしても空を切るばかりで……  結局、その指先が優一郎に届くことはなかった。       昼間の日差しの強さに比べて、古びた家の明かりはどこかすすけて薄暗くて、光があるのに暗すぎてよく見えないような不思議な気分にさせる。  幼い頃は、なんとも思わなかったけれど……  岩にあった濡れた足跡を見た後では、どうにも重苦しい寂しさしか感じない。  まるで昼寝から唐突に現実に引き戻された気分で、唇を引き結んだまま手を動かす。    「……あった」    古いノートが何冊か、押し入れの段ボールの中に入っていた。  おじいちゃんは几帳面な性格で、おばあちゃんが亡くなる前日まで日記を書いていて、小さい頃から書いていたのだと自慢を聞いたことがあった。  表面に書かれた日付を頼りに古いものを探して……   「  おじいちゃん、堪忍な」    一言だけ謝ってそれを開いた。    ──── 優一郎がいなくなった 「……」  その日の日記はその一文だけだった。  ──── 今日も、優一郎は来なかった       駅や乗り合いバスも尋ねてみたが収穫なし       まさか馬鹿なことを考えたのでは       山の湖を見に行ったが小舟の舫いは繋がれたままだった    ──── 皆で山を探したが見つからなかった       きよに訊ねたが、もうおらん人間を気にするなと怒られた  ──── 優一郎は、どこにいったのか       きよとのことに遠慮して姿を消したのかもしれない       申し訳ないことをした       幸せでいてくれるだろうか  日記にはずいぶんと長い間優一郎を気にかける言葉が続いていたが、それもおばあちゃんと結婚し、その生活が慌ただしく忙しくなるにつれて消えていき、随分と長い間日記にその名前が出てくることはなかった。    ──── 優一郎を見つけた       ずっとあんな近くにいたと言うのに気づけなかった       長い間あんな場所で寂しかったろう       自死を選ばせてしまった後悔をどうすればいいだろうか     「  ────は  はは」    積み上げた日記を読み直し、小さく笑った。 「自死?」  気付いてはいけないことに気づき、俺はぐっと言葉を飲み込む。  もう、今更どうにもならないことを知ってしまった後味の悪さに、ぎゅっと日記を握り締めるしかなかった。   END.    

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