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入場:「その愛は純白と黒」

「なんか、浮かない顔してるね、クロイゼン」  岩の壁で覆われた洞窟のような空間、通称『個室』で、クロイゼン・フォン・カンパネラ・ラリーハリー・ウォルズ王子とその婚約者セイジュは休んでいた。  セイジュはクロイゼンが自分を求めてこないことを少々不思議に思っていた。そして同時に、求めているのは自分の方だとすぐに気づいた。つい先日まで森の奥の農村で、性的な行為など何も知らずに過ごしていたのに、クロイゼンに『教育』されてからというものの、18年分の欲求が爆発したかのように、セイジュは淫靡になっていっていた。 「大丈夫……?」  ベッドに腰掛けていたセイジュは立ち上がり、ソファに座るクロイゼンに正面からまたがり、額にキスを落とした。 「どうだろうな……」  クロイゼンの眼はセイジュを捉えていなかった。どこか、セイジュを通過してもっと遠くを見据えていた。セイジュにしてみれば、これ以上の屈辱、敗北感はなかった。自分を見ないクロイゼン。そして遙か彼方を見つめているようなクロイゼン。その『遙か彼方』には、一体何があるのか。 「んっ……」  その思考回路を停止していつもの自分を取り戻そうと、セイジュはクロイゼンの顎を上げてキスをした。またがっているので下半身の熱はクロイゼンにも届いているはずだ。その腰が少しずつ動き出す。 「……クロイゼン?」  セイジュが口を離し問うたのは、クロイゼンが口を開かなかったことと、落涙しているのが原因だった。  セイジュは混乱した。こんなのいつものことではないか。いつものクロイゼンなら、『この淫乱め』とか何とか言いながら自分を抱いてくれる。だが今、クロイゼンは生命を感じさせないガラス玉にただ美しいだけの蒼を含んだ眼をしていた。 「どしたの……? したく、ない……?」  沈黙が落ちる。クロイゼンが頭を垂れる。 「セイジュ、怒らないで聞いてくれ。おまえは俺を愛しているか」 「はぁ?! 大好きだっていっつも言ってるじゃん!」 「では俺はおまえにとって本当に唯一無二の存在か?」 「当たり前じゃん!」 「……そうか。では行ってこい。すまない、セイジュ」  クロイゼンがそう言ってセイジュの頭をひと撫ですると、セイジュはふっと煙のように消え去っていた。

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