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第1話 『見つけた』

「リウ!」  街中に響いた声と同時に、突然肩を掴まれた。驚き振り返ると、旅装束を着た男がいた。  目深にかぶったフードのせいで、顔はよく見えない。  すれ違う人が何事かと、ふたりを見ていく。  青年はいかにも不愉快な顔をして言った。 「人違いだ」  肩を掴んでいる手を乱暴に振り払う。  この街で自分を「リウ」と呼ぶような知り合いはいない。  口元を歪め、黒い髪をした青年はその場を去った。  ***  旅装束の男は、つれなく去っていった黒髪の青年をじっと見ていた。  青年は左肩から下げた鞄の紐を肩に掛けなおしている。さほど重そうにはしていないが、大きな麻の鞄がふっくらしていた。軽いがかさばった物でも入っているようだ。    男はフードを目元まで引っ張り、見失わない程度に距離を保って、彼をつけた。    人違いだと言われたが、とてもそうだとは思えなかった。    男の本国であるこのハーゼン王国は、西の大国といわれており、髪も肌も、色素の薄い色をした者がその大半を占めている。あの彼のように黒髪をした者は東国の民の特徴で、この国ではあまり見かけることはない。    だからこそ、他人の空似とは言い切れなかった。    フードをかぶった旅装束の男の名前は、レヴィンといった。  レヴィンは黒髪の青年のことを、五年前に姿を消した『リウ』だと思ったのだ。  まさかこんな王都から離れた街で、彼にそっくりな人物を見かけるとは思わなかった。    リウも自分も同い年だ。  少年が青年になってはいたが、顔の造形は大きく変わるものではない。痩せ気味だった少年は肉もつき、貧弱さはなくなっていた。    背も高くなっていたが、頭半分、自分の方が大きかった。  彼を見下ろしたことで、離れていた年月の長さを感じた。    レヴィンの心は五年前に戻りながら、少年リウと思しき彼を追った。    黒髪は目立つのでありがたい。  彼は店が立ち並ぶ通りに入り、手前にある一軒の店に入っていった。店の看板を見ると『香草・香料』と書かれていた。    レヴィンは通りが見える広場のベンチに腰を下ろした。  店から少し離れた位置で、近くに噴水がある。水音が心地よく、水面は陽の光を反射していた。    石畳の街を行き交う人の流れは緩やかで、レヴィンの前を数人が通過した。  さほど待つこともなく、青年が出てきた。  次は道を隔てた斜向かいの店に入っていった。軒先には薬と掲げられている。  薬や香料を買っているのだろうかと思ったが、店から出て来たとき、肩から掛けている鞄のふくらみがなくなっていた。買ったのではなく、売ったのかもしれない。  リウは庭師の養い子だった。  あの頃もすでに植物には詳しかったから、香草や薬草を取り扱うようになっていてもおかしくはない。レヴィンはひとり納得した。  いよいよ彼はリウに違いないと思った。

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