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第8話 『友人』
黒髪のクオンに声を掛けてから一週間が過ぎた頃、レヴィンは再び香草店に来ていた。
店主からもらった香草茶がなくなってしまったのだ。
レヴィンはこれまで香草茶を好んで飲んではいなかった。鼻の奥に残るような独特な香りと喉に張りつくような味が好きになれなかったのだが、クオンが作ったというお茶は飲みやすかった。
モーリスもおいしいと言っていたので、買いに来た。財布はコートの内側に入っている。
フードをかぶった男が客として来てくれたことに店主も喜んでくれたが、店主は頭を撫でながら、申し訳なさそうに言った。
「あれはもう、売り切れちまいました」
「もうですか」
レヴィンは小さく驚いた。
「クオンが来る頃を狙って買いに来るお客さんがいましてね」
店主は眉を寄せながら、笑いながら言った。
贔屓 の客がついているということらしい。だがそれもうなずける。レヴィンも国内の一級品がそろう宮廷にいたが、味わったことがない風味だった。
「あいつのお茶で別のやつならまだあるのですが」
「では、それをもらえますか」
「ありがとうございます。ちょうどこれが最後ですよ」
店主は瓶の底をすくった。
カウンターで茶葉の入った包みを受け取り、硬貨を渡す。
「そういやお客様、御友人のことはどうされたんですか?」
おつりを返しながら、店主は世間話のように訊いてきた。レヴィンは硬貨を受け取りながら、
「クオンという方を探しているところです。友人ではないかもしれませんが、一度会ってみたいと思っています」
店主はなぜそこまで? という顔をしたので、レヴィンは続けた。
「もしかしたら、友人の親戚かもしれませんし」
それで店主は納得したようだった。
「たしかに東国の民は珍しいですから、似ていればその可能性はありますね」
本音を言えば、親戚かもなどとは思っていない。本当にリウではないのか、確かめたいのだ。
レヴィンは二日前、街から一番近いアダ村に歩いて行ってみた。
村の入口に大きな水車小屋があるのが印象的だった。
道で会った村人に尋ねてみたが、一様に黒髪の青年のことは知らないと言われた。
しかし、それが本当かどうかは測りかねた。フードをかぶった怪しげな男を警戒しているのを感じたからだ。
だが、朱色の髪は見せたくない。次の村を当たるなら、フードを取らなくても警戒されないような策を立てて行く必要があったが、良い案は浮かんでいなかった。
レヴィンは期待を込めて言った。
「ここで会えればいいんですが」
店主は頭を撫でながら、店の小さな窓を見た。
「二か月後には来るでしょうが、決まった日に来るわけではないんですよ」
と、そのとき、店の扉が開いた。
薄暗い店内に明かりが射し込む。
入って来た新しい客を見て、店主はニヤリと笑った。
「お客様、運がいいですね」と囁かれた。
店主はレヴィンの身体から顔を出すようにして、客に声をかけた。
「ロッド、クオンはおまえの村のやつだったか」
レヴィンは振り返り、ロッドと呼ばれた客を見た。
名前を呼ばれた青年はレヴィンと同じくらい背が高い男だった。
「クオン? いいや、あいつは流れもんだから、村には住んじゃいないよ」
栗色の髪をしていて、さわやかな青年だ。年の頃は同じくらいだろうか。
「こちらのお客さんがクオンに会いたいそうだ。会わせてやってくれないか」
店主が掌を見せるようにレヴィンを指した。フードをかぶって顔が見えない男のことを、ロッドはあからさまに怪しんだ。
「クオンに? 何の用?」
レヴィンはロッドに向き直った。
「昔の……友人かもしれないんです」
ロッドは眉根を寄せて黙ったあと、首を傾げて言った。
「なんでフードをとらないんだ? ハゲてんならわかるけど」
彼の軽口に店主が咳払いをする。レヴィンはフードをさらに引っ張った。
「不快な思いをさせているなら申し訳ない。ですがこれは取れません」
顔を見せたくないわけではない、と付け加える。
釈然としない顔をされたが、ロッドは追及しなかった。
「まあいいや。昔の友人ってことだけど、詳しく聞いてもいいか?
クオンは俺の友人だ。変な奴を会わせるつもりはない」
もっともな話である。レヴィンは承諾し、落ち着ける場所で話をすることにした。
ロッドは香料をいくつか買い、行きつけの定食屋に行こうと提案してきた。
中天の鐘が鳴ったところだった。
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