10 / 89
第10話 『森の家への道』
春うららかな陽射しは、しかし歩き続けていると汗ばんでくる陽気でもあった。
そんな中でもレヴィンは旅装束のフードを取らなかった。少々暑い。夏はどうするか考えねばと思った。
二人は南門を出て、林道を歩いている。クオンの家には一刻で着くと聞いたレヴィンは少し驚いた。どの村よりも近い。二人の脇を通った馬車が土埃を起こした。
レヴィンは一歩先を行くロッドに話しかけた。
「彼が流れ者だから村には住んでいないというのは、どういう意味ですか」
香草店で店主に言っていた言葉が気になっていたのだ。
ロッドは「敬語は使わなくていいよ」と前置きしながら言った。
「ここら辺の村は、よそ者は住まわせないんだ。村の奴と結婚するとかなら別だけど」
ロッドはクオンについて教えてくれた。
彼は五年前、ロッドの住む村にやってきたという。クオンは村に住まわせてほしいと交渉していたが、新参者なので断られていた。
村人は客人には好意的に接するが、住むとなれば難色を示す。閉鎖的ではあるが、村の治安は守られるからだ。
例にもれず、クオンは村の住人にはなれなかった。以来、森の中に空き家を見つけ、そこで暮らすようになった。
ロッドは村人たちのそっけなさを申し訳なく思いながら、流れ者の彼のことが気になり、なにかと世話を焼いていたようだ。
森の中は不便でもある。街に住むことを勧めてみたこともあるが、そうしないのだといった。
ロッドは肩をすくめながら、
「森にいる方が薬草茶づくりにはいいんだと」
と、苦笑しながら言った。
「薬草茶? 香草茶ではなく?」
「あいつは薬草茶づくりが中心だよ。香草茶はあそびみたいなもんらしい。飲みやすい薬を作ろうとして、偶然できたとか言ってたな」
ロッドは後ろ頭で手を組んだ。続けてレヴィンが尋ねようとすると、半歩振り返りながら、
「詳しいことは本人に聞いてくれ。あまり話すぎると怒られる」
と言った。
ロッドが前を向くと、二又の道が出てきた。迷わず左に行く。レヴィンは立ち止まった。
「右ではないのか」
指摘すると、ロッドは「いや、こっちだ」と歩みを止めなかった。
先週追いかけた時は確かに右だった。その先の森の奥に入っていったから、一昨日も右の道の先にある村まで行ったのだ。
自分がつけていたことに気づいたクオンは、あえて別の道に逃げたのか。
「…………」
レヴィンはロッドについて左に曲がった。
林立する樹木の道は続く。今日もまた天気は良く、茂った葉が道に影を作っている。
ロッドに会えたことは幸運だった。そうでなければ、しばらく無駄足を踏むところだった。
黙ってついていっていると、ロッドが不意に立ち止まった。レヴィンをまっすぐに見つめて言った。
「一回しか教えないからな」
家への隠された道だと思い、レヴィンはうなずいた。ロッドは林道を外れ、樹木の間をすり抜けるように森に入っていった。大木が邪魔をし、ロッドを見失いかける。
レヴィンは腰に下げていたナイフを抜き、近くの木を切りつけた。急ぎ後を追う。
進む方向がわからなくなりそうで、時折、木に印をつけた。
そのうち、意外にも樹木は均等に並んでおり、人ひとりが進めるような道になっていることに気がついた。
しばらく奥に進むと、広場のようなところに出た。一休みできそうな空間だ。ロッドはレヴィンを振り返り、
「次はこっち」
と、さらに進んだ。
目印になるものを探すと、地面に埋まっている石があった。そこからは背丈の高い草むらの中に入っていった。足元は踏みならされている。生い茂る草をかき分けていく。
枝葉の間隔が狭く、ロッドがかき分けた細い枝が反動でレヴィンに当たった。それも束の間、枝葉の間隔が次第に広くなり、歩きやすくなった。
ところがまた藪が目の前に現れ、げんなりしてかき分けたとき、いきなり目の前が開けた。
広い敷地に出たその先には、菜園、井戸、そして木造の一軒家があった。森の中に突如現れた家屋にレヴィンは驚いた。
ロッドは目くばせでクオンの家だと教えてくれた。その足で木造家屋に向かい、玄関扉を開けた。
「クオーン、いるかあ」
「いるよ」
間を置かず、家の中から声がした。ロッドの後ろにいたレヴィンは息を吸った。
ともだちにシェアしよう!